2002年(平成14年)4月1日号

No.175

銀座一丁目新聞

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花ある風景(89)

 並木 徹

 山本周五郎原作・十島英明演出の前進座の「赤ひげ」を見た(3月23日・前進座劇場)。山本周五郎原作の「かあちあん」を映画化した市川昆監督は「今の時代だからこそ映画にした」といっていたが、演出した十島さんも同じようなことを言う。「小説『赤ひげ』が発表されてすでに45年が経つ。しかるに現今の医療や福祉行政の貧困さをなんと鋭く直射していることか。山本周五郎の先見性に改めて脱帽する」
 赤ひげこと新出去定(嵐圭史)は小石川養生所で貧者を相手に獅子奮迅の働きをする。猫の手を借りたいほどの忙しさである。医者といえば、見習医2名と通い医師1名である。時代設定が江戸後期とある。資料によれば、入院患者は嘉永5年(1853年)642名、安政元年(1854年)498名、安政2年459名である。経費も年間840両かかっている(野村兼太郎著「徳川封建社会の研究」より)。医者はいつの時代でも忙しいのかもしれない。今でも、医学部を出た医師は通常2年間、現場で研修を受ける。別の病院でアルバイトをしないとたべていけない。医療ミスも犯しかねないほど心身ボロボロになるという。
 赤ひげは幕府御目見医の道を閉ざされ、婚約者にも裏切られた保本登(高橋佑一郎)をつれてしばしば貧乏長屋や岡場所の患者の家を回診する。大名のところに出向いて、治療し、大枚の薬代を頂いて、これを養生所の薬種代、賄い費や貧民の救済にあてる。あるところからとるのも時代を生きる知恵である。
 嵐圭史は年とともに、風格がでてきた。腹のそこから出る言葉が観客の胸を打つ。「これまで政治が貧困や無知に対して何かしたことがあるか」「為政者にその弱みをつかまれて、なけなしの一灯をまんまとたばかりとられるのだ」。
 医療費は年々上がる一方である。年金から介護保険を一方的に天引きされる。政治に目を向けないととんでもないことになる。赤ひげは唯々諾々として決して政治に目を向けない者のその無知蒙昧ぶりに怒っているのである。

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