2004年(平成16年)5月1日号

No.250

銀座一丁目新聞

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お耳を拝借(104)

「言 葉」

芹澤 かずこ

 伝達の主な手段として使われる言葉は、その言葉の持つ意味ばかりでなく、その伝えよう一つで人の心を明るくしたり、暗くしたりもします。他人が発した不注意な一言で深く傷ついた経験を持つ人も少なくないでしょうし、そのまた反対に発した当人は全く気がつかないまま、後々までも心に残る言葉もあるのです。
 高校生の頃、学校にはまだ講堂がなくて文化祭などは他所の私立校の講堂を借りて行っていました。そのリハーサルの帰り道、たまたま親戚の家が近くにあったので「すぐに用事を済ませて追いつきますから」と先輩に寄り道を申し出て、その場から駆け出しました。
 「ほら、もっと早く走れ!走れ!」と先輩の声が追いかけて来て、「はーい」と答えながら皆を待たせてはいけないと、懸命に走ったのを覚えています。その姿を見て先輩が「可愛いなぁ」と言っていたと後で友人から教えられ、それまで男の人からそんなことを言われたことがなかったので、直接ではなかったけれどその言葉を嬉しく受け取りました。その先輩は社会人になって間もなく、病気で早世したと風の便りに聞きましたので、そのこともあっていつまでも思い出に残っているのかも知れません。
 50歳を過ぎた頃になって、町を歩いている時に何かの話の折に同性の友人の口から、またある時は旅行のビデオを見ている時に後輩の男性から同じように「可愛い」という言葉を聞きました。この年になって?と照れながらも思い当たったことは、初めて聞いた時のその言葉の心地よい響きを、折につけ耳元で鈴のように鳴らして反芻してきたように思うのです。性格としてはけっこう気短なのに、人にはのんびり幸せそうに見えるのは、その鈴のせいではないかと。



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