1999年(平成11年)7月20日

No.80

銀座一丁目新聞

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ゴン太の日記帳 (44)

目黒 ゴン太

 晴れである。単に晴れているのではない。日本の夏に常にある、あの自分の最も嫌う湿気が、ほとんど感じられぬ、晴れた日、なのだ。ここ数日、こうした日が続いている。よく寝付け、気分も良い。こういう時、いつも、小さい頃のことを思い出す。多分、こうした良い天気の日、率先して遊びに出回っていた時の楽しい思い出が、強く心の残っている為であろう。

 ところで、少年期、人はよく夢を見ていた筈であるが、大人になるとなくなってしまうといったぐあいのことを、本やら、何やらで良く目にするし、聞きもする。自分の考えでは、これは、夢に限ったことではなく、空想することそのものが、段々薄れていってしまったりするように思える。将来何になりたいといった具合の、正に夢と呼ばれるもの、又、日頃、日常の中で、何とない、ふとした瞬間に広がる自分の頭の中の世界、空を飛んでいる所を想像したり、ありの生活を、ありの気持ちになって考えてみようと努力したりと、様々な世界を、想像して楽しむことが、なくなってしまうのだ。「気楽に生きれた子供の時だったから」とか、「そんな暇もない、馬鹿馬鹿しいことやってられない」等といった大人の意見が多くあると思う、もっともなことである。大人となれば、そんなことを考えられる時間が、ほとんどなくなってしまうのは、否めない、実際、自分も、悲しいことに、こうした想像することを久しくしなくなった、ヒョットすると、もうこの力を失ってしまっているのかもしれない、どこかへ行くこと、帰ること、食うこと、寝ること、しゃべること等を、義務であるかのように必死にするだけの一日が、ずっと続いていくだけであった、小さい頃、何事も、常に、頭に何か描いて行動し、生きていた時の必死さとは、異なるものに思う。

 まだ、空想の世界を行き来できていた頃と今の自分の違いの一つに、最近、気付いた。あの頃、自分には、常にテーマソングがあった、頭の中で、気分が良い時は、好きな曲のメロディを、奏で続けているのであった、気が滅入っている時や雨の日の帰り道等には、応援歌ともなるものだった、何故か、それを奏でることにより、気分良い時は、もっとハッピーに、落ちている時は、少し楽になったりしていた、いつの頃からか、やめていた、そのテーマソングの演奏を、今日みたいな晴れた気持ち良い日に、復活させてみようと思う。少しは、心に余裕を持てるようになるかもしれない。

 

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