2012年(平成24年)2月10日号

No.529

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茶説

「一国の興亡は指導者にあり」

 

 牧念人 悠々

 戦後67年、日本には何故、指導者がいなくなったのか。不思議でならない。これまで国が困難の淵に立たされた時、必ず優れた指導者が出現した。それが出現しなくなったのは学校教育で優れた軍人を「軍国主義を助長する」と教えなくなったからである。また国のため戦死した軍人を顕彰しなくなったためであると、私は思う。このような国はどこもない。日露戦争の際、丁字戦法でバルチック艦隊を撃破した東郷平八郎司令長官また然りである。敵前で全艦隊がつぎつぎに回頭している間、敵弾を浴び危険きわまりない。その丁字戦法を決断するのが将帥である。部下に司令塔に入るように勧められても「どんなところにいても当たる時は当たるよ。先の長い君らこそ中になさい」と言った。敵将ロジェストウェンスキーは司令塔に入っている。丁字戦法にしても能島村上水軍の軍法書に「水戦に初めにあたっては、我が全力を挙げて敵の先鋒を撃ち、やにわに二,三艙討ちとるべし」とある。それを生かしたに過ぎない。歴史の中に回答がある。戦暦の中に学ぶべき教訓がある。それにもかかわらず軍国主義を助長すると排撃する愚をいまなお犯している。毎日新聞によれば学校の先生が社会科の授業の中で日清、日露良戦争の一こまとして東郷平八郎を取り上げると「軍国主義を鼓吹する」と非難されたそうだ。

 勇将の元に弱卒なし。仁川沖海戦では戦いの直前、浅間艦長八代六郎大佐(海兵8期・のち大将)艦橋にたって尺八「千鳥の曲」を吹いた。余韻嫋嫋、将兵は敵前にいることを忘れた。松島艦長奥宮衛大佐(海兵10期・のち少将)は旗艦「三笠」からの射撃命令を今や遅しと待っている時、薩摩琵琶の名手であった軍医に「川名島」をひかせた。

  鞭声粛々夜過河
  暁見千兵擁大牙
  遺恨十年磨一剣
  流星光底逸長蛇(頼山陽)

 「川中島」は勇壮な調べである。上杉謙信は一剣を磨いて単騎、敵を目指して切り込む・・・。まさに松島艦は敵前風浪をついて疾走、乗組員一同無我の心境で聞き入る。すごい「戦いの間」である。この間を演出する艦長のアイデアは感心するほかない。現代にこの艦長と匹敵する人物がいるであろうか。

 米国の元国務長官ヘンリー・キッシンジャー山は「指導者に最も欠かせない資質は勇気と徳性だと信じる」と言っている(読売新聞)その中で「勇気とは先人が歩んだことのない道を行くことを意味する。徳性は難局に屈しない力強さを与えてくれる」と説明する。この勇気と徳性を発揮する機会は平時の場合でもあるが、残念ながら戦時の方が多い。
戦後の一時代を創った木川田一隆さん(東京電力社長・会長・昭和51年3月死去)は「問題提起力と先見性」が指導者には求められると主張した。36年も前に「人間尊重の立場から、あらためて機械文明や技術中心の経済発展を見直すべきではないか。ヒューマニズム、つまり人間の真の幸福と効率をどう調和させるのか、今こそ各界のリーダーは命を懸けてこの主題とに取り組まねばならない」と説いた(飯塚昭男著「リーダーの研究」ウエッジ刊)。東京電力の今のあり様と日本の現状を見る時、財界人も小粒になったと思わざるを得ない。

 こう論じて初めて悟る。日本は優れた軍人をたたえ、戦争で武勲をあげ戦死した軍人を顕彰するのが優れたリーダーを育てるのに役に立つことを。それを怠こったてきたツケが今現れていることを。