2012年(平成24年)2月10日号

No.529

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追悼録(444)

冬ざれや古武士の姿神に召されぬ」(紫微)

 

 友人渡辺瑞正君の追悼ミサに参列した(1月27日・四谷・聖イグナチオ教会)。10数人の友人たちの姿もあった。9年前に洗礼を受けた。名を「ペトロ」という。亡くなったのは昨年12月5日、享年86歳であった。大聖堂の中央に渡辺君の遺影が飾られる。「精気溢るる古武士の面影を思わせるものがあった」と友人の一人は漏らす。

 「冬ざれや古武士の姿神に召されぬ」(紫微)
 「冬ざるる君が御影は堂の真中に」
 「冴え返る大聖堂に小さき灯」

 ミサは聖歌隊の聖歌とともに始まる。告別式では友人を代表して北俊男君が弔辞を読み、ありし日の渡辺君を偲む。私は彼の絵のグループ展の誘いを受けてから付き合いが始まった。本誌にそのことを記事にした(2003年2月20日号)。「友人、渡辺瑞正君のグループ展を見た(2月3、8日・東京交通会館B1)。「カレル橋の朝」と「ベネチアのカーニバル」の二点を出品していた。力作である。出展41作品の中で人間が描かれているのは僅か5点に過ぎない。渡邊作品には2点とも「人間」がいる。後者にはカーニバルに出た道化姿の女性が川を背に画面中央に真っ赤に描かれ、なんともいえない精気をはなつ。カレル橋にしても朝を選んだ感覚が鋭いと思う。昼間は観光客で混雑しているはずである。朝もやがだだよう中に人影が4つ、5つ。橋の全長520b、巾10b。橋の欄干には聖人やチェコの英雄など30の像があるはずだが、わずかに数体が黒くみえる。大道芸人、似顔絵描き、お土産屋もいて喧騒をきわめる。その姿もない。静寂が伝わってくる。それも深い感じがする」とある。

 彼が絵を始めたのは55歳過ぎてからである。しかも通信教育で基礎から学んだと聞いた。陸士時代、天覧の栄を浴した剣道の道具を描いた絵が式場の一隅にカレル橋の絵などと一緒に飾られてあった。数年前、航空士官学校の第一生徒隊の第二中隊長であった江口洋一さん(陸士47期)の息子・宣彦さんが私の「銀座一丁目新聞」を見て航空士官学校の第二中隊時代の同期生の写真があるから当時の区隊の人たちに見せたいと言ってきたことがあった。同じ中隊にいた渡辺君に話したところ、たちまちのうちに話をまとめて呉れて、同期生7,8人と江口宣彦さんとの会見が日ならずして偕行社で実現した。即決、実行の人であった。

 荒木盛雄君の歌三首で追悼録の結びとしたい。

 「君今もいきてあるかに爽やかに
  凛々しき口許吾を見つむる」

 「大聖堂の真中の御影健やけく
  天翔りゆく神となりしか」

 「世にあるも世を去るも君とことはに
  我が行く方に光給へや」




(柳 路夫)