2010年(平成23年)3月1日号

No.496

銀座一丁目新聞

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安全地帯(313)

信濃 太郎

大衆が興奮した時、その興奮を捉えよ国

 


 アメリカ新聞界の異才、ウイリアム・ランドルフ・ハーストは二つの新聞信条を持っていた。「大衆が興奮した時、その興奮を捉えよ」「いかなる高価な代償を払うとも大衆を捉えよ」。イエロジャーナリズムの本源を作った男として批判されているがこの言葉は新聞の本質を突いている。その意味ではいくらネット社会で若者が新聞を読まなくなったとはいえ、「大衆を捉えた新聞は滅びない」と思う。
 
 埼玉県春日部高校定時制の事務職員、川内優輝さん(23)が東京マラソンで第三位に入賞、タイムも2時間8分37秒と言う好記録を出したニュースを聞いた。私は明日のスポーツ紙はこれが一面トップだなと思った。仕事を持ちながら実業団に属せず、自分でコツコツマラソンの練習をしている。それが1位エチオピアのメコネン(2時間7分35秒)2位ケニアノビォット(2時間8分17秒)に次いで日本人としてはトップの成績であった。川内さんの東京マラソンの成績を見ると2009年のタイム2時間18分18秒で19位、2010年のタイムが2時間12分36秒で4位であった。その努力のあとがうかがえる。どのような日常生活を送り、マラソンの練習をしているのか興味がわく。スポニチは9面で扱った。ニュースに対する感度が極めて悪い。私ならこの快挙を生んで背景を丹念に報道する。その努力を多角的に掘り下げて報道する。まず本人との一問一答、専門家による川内さんの走法の分析、実業団監督の話、マラソンの魅力,沿道の100人の声等について多くの紙面を割く。NHKは東京マラソンが始まる前に川内さんのマラソンの鍛錬ぶりを放映していた。それを知れば事前に用意する記事はいくらでも書ける。編集者にはともかく「興奮する大衆を捉える」観念が全くない。その日暮らしで漫然と紙面を作っているとしか思えない。

 ネット時代新聞がこの体たらくでは部数が減る一方であろう。血のにじむ努力なしではこの苦境は乗り切れない。川内さんが日頃からどのような努力をしたのか。その努力の跡は新聞がすべき努力を示めしている。

 昔から“人間臭い紙面を作れ”と言われてきた。それが全く形骸化されている。川内さんは「死を賭して走った」という。新聞記者もこの時代「死を賭すべき」べきではないか。奮起を望んでやまない。