2010年(平成23年)3月1日号

No.496

銀座一丁目新聞

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花ある風景(411)

並木 徹

日本アイスランド協会設立20周年記念式典

 
 日本アイスランド協会設立20周年記念式典が開かれた(2月26日・東京六本木・グランドハイアット東京)。協会が出来たのは平成3年10月14日。法人会員43社、個人会員66人であった。20年はあっという間であった。様々な出来事が走馬灯のようによみがえる。スポーツ新聞がこの種協会を作るのは異例のこと。一人の女性のアイデアで開いたアイスランドフェアがきっかけでヴィグディス大統領から「北欧5ヶ国のうち日本との友好協会がないのはアイスランドだけです。何とかなりませんか」と頼まれた。この間のいきさつについて来賓として出席され同じテーブルであった外務省西欧課長柳淳さんからも質問された。

 女性から物を頼まれるといやと言えないのが私の性分である。当時スポニチの社長であった私は総合推進本部長の脇田巧彦君に協会設立の段取りを指示した。会長が難航した。一面識もない作家の渡辺淳一さんになっていただいた。私が毎日新聞西部代表の時、渡辺さんは毎日新聞に小説『ひとひら雪』を連載中であった。渡辺さんはきらびやかな言葉をつづりながら徹底して『男と女』を描く。それが頭の中に印象づけられていたからであろう。会長を16年間もやっていただいた。渡辺さんの原作の映画、野口英世と母親を描いた「遠き落日」をレイキャビック市で上映されたりテレビ番組『渡辺淳一の世界』撮影のために渡辺さんがアイスランドにロケに行ったりした。会長として努力された。

 アイスランドフェアを開催(平成2年11月14日から20日)できたのは佐藤充雄さん(理事)のおかげである。アイスランドを訪問された佐藤さんは栃木県那須烏山市にレイキャヴック市にある米ソ首脳会談会場となった「ホフディ・ハウス」を模した建物を立て(平成2年11月15日)いまやアイスランドとの友好のシンボルとなっている。ここに協会の事務局がある。平成13年10月には大使館が出来た。ここでは毎年12月、クリスマスパーティが開かれている。

 アイスランド関係の事業を推進したのは平成2年1月に新設された「事業推進本部」である。メンバーは本部長脇田君を筆頭に運動部、広告局、販売局などのベテラン5人であった。いわゆる各局で持てあまし者である。脇田君にしても北海道に飛ばされる寸前であった。後に毎日新聞で抜群の事業才能を示した男も参加した。みんな個性ある実力者であった。だからアイスランドとの文化交流も音楽会もサッカーの交流試合も実施できた。その都度、紙面と連動し広告も取った。これまで局と局の間で見過ごされ、取りこぼされていた事業や広告、記事などを拾い上げることができた。ことし5月には脇田会長ら訪問団がレイキャビックに桜の木50本を植樹する計画もある。名誉会長を務めた元参議院議長土屋義彦さんが「国と国との外交も大事だが民間の草の根外交こそ大切だ」と言っていた。日本アイスランド協会はまさに忠実に草の根外交を実践している。