2009年(平成21年)11月10日号

No.449

銀座一丁目新聞

上へ
茶説
追悼録
花ある風景
競馬徒然草
安全地帯
いこいの広場
ファッションプラザ
山と私
銀座展望台(BLOG)
GINZA点描
銀座俳句道場
広告ニュース
バックナンバー

 

追悼録(365)

三遊亭円楽の落語「芝浜」に思う

 亡くなった三遊亭円楽(10月29日・享年76歳)の追悼録をどう描くか悩んだ。円楽がテレビの「笑点」の司会をやっている時は毎回見ていた。それがいつの間にか見なくなった。考えてみれば、2006年5月、司会を勇退してからだと気がついた。彼の出演者への気配り、間の取り方、やわらかい話の受け取り方、時折見せる博識、それらが混然一体となって私を「笑点」へ引きずり込んだのだと思う。
 彼の最後の落語の高座は国立演芸場であった。2007年2月25日、国立名人会で「芝浜」を口演した。自分がイメージしたように演じられなかった。潔い円楽は即座に引退を表明した。円楽は3週間前の2月4日にも「第23回浅草芸能大賞」で大賞を受賞、その授賞式で「芝浜」を口演している。本格的復帰を思わせたのだ。
 私は「芝浜」を演じた円楽の心の中に「引退するかしないか」の葛藤があったとみる。「芝浜」の筋は、腕のよい魚屋でお酒が三度の飯より好きな魚勝が女房にせかされ、朝早く小魚を扱う魚河岸「芝浜」に行く。時間が早く店が閉まっていたので浜で顔を洗い、一服すると、足元に革財布が落ちていた。あけてみると二分金で42両の大金が入っている。そこで友達を呼んで飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。次の朝、女房は42両のお金なんぞ知らないよ。みんな夢だという。飲み食いした勘定が払えない、魚勝は死ぬ決意をするが、女房は少し気を入れて商いをすればなんでもないとケツを叩く。魚勝、もう酒はまない、商いに精を出すという。がらりっと人が変わって精を出し店は繁盛する。3年目の大晦日,女房は魚勝の前に拾った財布を出し「夢だと言ったのはウソです」と頭を下げる。除夜の音を聞きながら3年ぶりに酒を飲もうとして盃を口まで持っていきかけて「よそう、また夢になるといけねえ」。テレビで見た円楽のこのシーンは私にはうまく見えたのだが・・・
 私が言いたいのは話の中身でなく財布を拾うことを題材にした「芝浜」を選んだ円楽の深層心理である。物を落としたり拾ったりする夢はその人が何かに迷っているときによく見る。「右か、左か」と悩む人が見る夢である。「芝浜」自体、魚勝が酒を止めようかどうしようか悩んでいたのをあらわした題材である。
 昭和30年、6代目三遊亭円生に入門、7年目で早くも真打となる異例の昇進をして五代目三遊亭円楽を継ぐ。円楽は芸ゆえに波乱の人生を送る。2005年,脳梗塞で倒れて以来、引退の時期を探っていたのではないか。その気持ちのゆれが自然と「芝浜」を選んだのだと私は思う。心から三遊亭円楽の御冥福をお祈りする。

(柳 路夫)