2009年(平成21年)8月10日号

No.440

銀座一丁目新聞

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花ある風景(355)

並木 徹

シネマ歌舞伎「牡丹燈籠」で幽霊の世界に遊ぶ

 三遊亭円朝原作・怪談・シネマ歌舞伎「牡丹燈籠」を見る(8月3日・東京・東劇)。久しぶりにお化けと遊んだ。子どもの時はやたらに恐かった。今は「因果」、「愛憎」、「女は菩薩か夜叉か」と頭の中で哲学的問答をくりかえす。
 幕開きは大川でのお露(七之助)と乳母お米(吉之丞)、飯島平左衛門(竹三郎)家出入のの医師、山本志丈(松之助)との「船遊びの場」からである。お露は萩原新三郎(愛之助)に一目惚れの恋の病にかかり、気晴らしの船遊び。そこへ平左衛門の後妻に納まりながら不義を重ねるお国(吉弥)と宮野辺源次郎(錦之助)が同じく船で来る。豪華メンバーである。古来、川には魔性が住むという。大川の船遊びは悲劇の始まりであった。
 やがてお露は気を病んでこの世を去り、お米はそのあとを追って自害する。新三郎が盆の13日回向していると、「牡丹燈籠」をさげたお露とお米が現れる。再会を喜び合ってお露と新三郎は枕を交わす。その後も二人の間は続く。その現場を下男、伴蔵(仁左右衛門)が見てしまう。なんと新三郎は骸骨に抱かれて逢瀬を楽しんでいるのであった。伴蔵は新三郎の世話で辛うじて生計を立てているしがない男である。
 お国と源次郎の不義は平左衛門の知るところとなり、とがめられた二人は平左衛門を殺害する。さらに口封じのため女中のお竹(壱太郎)まで殺す。殺しは殺しを呼ぶ。人間は地獄まで堕ちてゆく。墜ちてもまだ覚めず悪の道に進む。
 お露とお米が幽霊と知った新三郎のまわりにはお札がはり巡らされる。新三郎の胴巻きには海音如来の仏像が納められ幽霊が近づけないようにする。困ったお露とお米の幽霊は伴蔵にお札はがしと仏像を盗むことを頼む。思案にあぐねて伴蔵が女房のお峰(玉三郎)に相談すると、「百両のお金をもらえればやれば良いではないか」という事で話が決まる。お露は再び新三郎と会えたがその場で新三郎を殺してしまう。やはり幽霊は怖い・・・
 時折、三遊亭円朝(三津五郎)が登場する。お客様に一席弁じてややこしいお芝居の筋を解き明かしてくれる。その語り口が絶妙である。
 1年後、伴蔵夫婦は幽霊から得た百両で郷里の栗橋で荒物屋「関口屋」を開業、繁盛する。源次郎は栗橋土手の掘っ立て小屋で物乞い生計をする。お国は笹屋と言う料理屋で酌婦奉公をする。時折、源次郎の様子を見に来る。お国は羽振りの良くなった伴蔵に可愛がられる。伴蔵の女房お峰は店の傍を通り掛かった馬子の久蔵(三津五郎)にお酒を飲まして巧みに誘導、伴蔵とお国の間柄をすべて知る。そんなこと露知らないで伴蔵がお国らに見送られて帰宅する。伴蔵とお峰の痴話喧嘩はすざましい。お峰のセリフ「お前さんねぇ、去年の今ごろまでなにをしておいでだい・・」。男の肺腑をえぐる。仁左右衛門と玉三郎の所作も上手い。
 幸手堤でお国と源次郎は酌婦お梅(壱太郎)が二人が殺したお竹の妹と知り驚く。突如、舞う蛍の群れに襲われ、二人とも死ぬ。“狂死”にふさわしい。蛍は死者の霊と言われる。死に場所を得ない霊が蛍となってこの世で復讐したのかもしれない。
 伴蔵は場所を変えて人生をやり直そうと言って海音如来を埋めた幸手堤に来るが雷が鳴り激しい雨が降る中で伴蔵は短刀でお峰を殺害する。伴蔵は「頼むからもう一度だけ俺に力を貸して暮れよ」と言ったはずである。まさに幽霊より恐い「人間の業」である・・・