| |
真山青果作・前進座公演 「江戸城総攻」に感あり
牧念人 悠々
芝居は面白い。本筋と違ったところで妙に感心するところがある。真山青果作・鈴木竜男改訂・演出・前進座公演の「江戸城総攻」(5月14日・東京国立劇場))は官軍の江戸城総攻撃を前にして西郷隆盛と山岡鉄舟、西郷と勝海舟の会談を軸にして展開するのだが江戸城総攻撃を明日に控えて、江戸薩摩屋敷で西郷(藤川矢之輔)が江戸の町ではイワシ売りと長屋の男が200文を150文に負けろと云い争っているのに感心して話題にする。それが気に入らんと薩摩藩隊長取締の中村半次郎(中島宏幸)が興奮する。それを村田新八(松浦豊和)がなだめようとする。西郷が言わんとするのは、庶民はあすにも江戸が火の海になろうというのにわずかなことで争っている。彼らには目の前の生活しかない。戦争、政治なんは頭のなかにはない。西郷はこのような無辜の民を戦火にさらしてと良いのかと危惧する。勝(瀬川菊之丞)との会談寸前の話である。時に慶応4年3月14日である。今から141年前の出来事である。庶民のありようはあまりは昔と今もそう変わっていない。庶民は「あそこのスーパーは10円安い」とか「あそこは20円高い」といって買い物をしている。それを端的に表現しているのがスーパーの「特価」のチラシである。そのチラシを男性が手に持って買い物をする現在である。政治の要諦はこの無辜の民をいかに大切にするかにある。
次に感心したのが山岡鉄舟(嵐広也)の“君臣の情”である。勝の紹介状を持って山岡は益満休之助(益城宏)とともに静岡、征東大総督府武家参謀の詰め所で西郷と会見し15代将軍徳川慶喜の命乞いをする。西郷は5ヶ条の条件を出す。最後に「慶喜を岡山備前に身柄を預ける」という項目があった。山岡は主君を一人で岡山にやるのは臣下として情に忍びない。西郷さんの身の上になって考えてみてください」と撤回を求める。西郷は「俺に任せろ」という。結局水戸と預かりとなる。久しぶりに聞く“君臣の情”である。学校では「師の恩」を忘れ、企業では「下剋上」がはびこる世の中である。あまりにも今の世の中はぎすぎすしすぎる。
それにしても勝海舟の交渉は見事である。策を弄さないのが良い。西郷に皇女和宮を人質にして取引などという根性は微塵も持たないと発言する。芝居を見ている限り西郷との会談は勝のペースで進められたように見える。勝の座談集「氷川清話」には「心は明鏡止水の如しということは、若い時に習った剣術の極意だが、外交にもこの極意を応用して、少しも誤らなかった」という。心を研ぎ澄まして事に臨んだ。又「外交の極意は正心誠意にあるのだ。ごまかしなどやりかけると、かえって向こうからこちらの弱点を見抜かれるものだよ」ともいっている。日本の外交官諸氏よ、たまにはお芝居見物をしたらどうですか、お勧めする。
|
|