2009年(平成21年)4月10日号

No.428

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花ある風景(343)

並木 徹

友人下川敬一郎君の絵「晩秋の森」を見る

 国立新美術館で開かれた第68回「創元会」の展覧会で友人下川敬一郎君の絵を見る(4月2日)。会場入り口で下川君の絵の展示場所を確認する。作品の展示室は27ヶ所、作品は867点を数える。昨年は1000点を超えた。下川君の絵の展示室は「22」。部屋の正面右端の下段に下川君の「晩秋の森」(80号)の絵があった。昨年は「阿蘇の秋景」であった。穏やかな人柄で万事に控えめな下川君にとって秋が好きな季節なのであろう。描かれている場所は黒岳(1587メートル)の麓。モミジ、ケヤキ、ブナ、シャクナゲなどの原生林に覆われているところ。10年前から何度となく訪れているという。常緑樹のみどりの先に紅葉がみえる。その真ん中にくねった登山道が描かれる。道のそばに小さめの岩石が二つ。まことに明るい感じの絵であった。
 九州の山といえば私は種田山頭火の「分け入っても分け入っても青い山」の句を思い出す。漂泊の詩人は心の安らぎを求めて緑の山をわけ入る。山の中にあるのは「虚空」であった。だからまた山に分け入る。人間の修行というのはそういうものであろう。子供の時から芸術的環境に育ってこなかった私は音楽、絵は苦手である。だが新聞記者として取材するうち自分の心に響く調べ、絵が一番と思えばよいと気がついた。それはバランスが良かったり切れ、余韻があったりした。その意味からすると今回の創元会の展覧会で私の心に響いたのは安部太一郎さんの「職人」であった。仕事場で働くヘルメット、青の作業服姿の3人の男性を描いた絵は迫力があった。今の時代に一番欠けている男性像である。逆にいえば100年に一度の大不況に最も必要な“たくましさ”と“挑戦”を端的に象徴しているように思えた。
 80歳を過ぎて暇ができた。今のライフワークは大正時代の勉強である。古本屋へいって大正と書いてある本を買ってくる。音楽会、絵の展覧会にもよく出かける。共感、感動、悲しみを与えられる。創元会の会場では仏画も目に付いた。自分が関心があるから多く感じたのかもしれない。ともかくよい絵を見ていると心がさわやかになる。これも長生きの秘訣かもしれない。
 下川君の絵を見たせいか、下川君の声を聞きたくなった。筑後市に住む彼に電話をした。元気な声であった。肝臓癌の手術をし、C型肝炎もわずらったのに今はがんもC型肝炎も消えてなくなって医者も不思議がっているそうだ。「絵のおかげだな」というと「そうだと僕も思う」の答えが返ってきた。