愛知県瀬戸市の、猿投山麓にある海上の森は、名古屋市近郊にある最後の広大な里山です。ここは東海地方にしか生息していないシデコブシをはじめとした貴重な生物が見られ、野鳥の種類も多い豊かな自然の宝庫です。現在、21世紀万国博覧会の開催予定地とされ、跡地利用としての都市化計画とともに、この場所の自然環境に影響を与えようとしている問題が起きています。ではどんな所なのか、トピックスなど踏まえてお届けします。(図は図上をクリックすると大きくすることができます)
自然通信(10)
真夏の海上の森・1
牧野 紀子(愛知県)
このところ梅雨がちっとも明けませんが、海上の花暦は確実に移っていきます。
7月20日には、今年は5月から花があったノアザミに、綿毛を付けた実が目立ちはじめました。良く見れば、鳥の羽毛のような綿毛です。風に乗って移動しやすくするための戦略でしょう。自然の知恵です。ダイコンソウの黄色い花も道沿いで見られ、コンペイトウのような実も出来ています。リョウブの花も登場。ノリウツギの白い花もそろそろです。
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ダイコンソウ |
ノアザミ |
夏に入ると子育ても一段落したためか、鳥たちの姿や囀りはあまり見たり聴いたり出来なくなりましたが、ウグイスだけは、暑い中でも「ホーホケキョ」とやっています。樹の上から誰かこっちを見ています。双眼鏡で確かめてみたら、オオルリの若鳥でした。頭はまだ灰色ですが、肩の青い羽根が見えます。篠田池では、ツバメやコシアカツバメが水面すれすれに飛んで水を飲んでいます。私も腰を下ろして水筒のお茶を飲みましょう・・・。
この季節は虫たちが一段と活発になります。「ジージー」と鳴くアブラゼミ、杉林あたりには「カナカナカナカナ・・・」とヒグラシの、セミの合唱が響きます。おや、足元でミカワオサムシが一心にヒグラシの死骸を食べています。臭いに誘われたか、別のオサムシもやって来ましたよ。後日にはミミズをくわえて走り去る者も見ました。(彼らは肉食)万博などのアセスメント調査で、大量のオサムシの仲間がトラップ(罠)調査により殺されてしまった、という話を聞き、心配でしたが、元気な姿を見て少し安心しました。
夏のトンボ達も勢揃い!篠田池や赤池などでは、緑と青が素敵なギンヤンマが飛び回ります。尾の先が団扇のようなウチワヤンマ、湿地や池のそばの草地にはキイトトンボ、先月紹介した湿地の小さなハッチョウトンボに対し、林道沿いをパトロールする日本一大きなオニヤンマ、川沿いのハグロトンボなど。赤池の水際ではモノサシトンボやクロイトトンボのイトトンボ達が、めいめい縄張りを持ち、お互いにせめぎあっています。種によって住む場所も違うのです。海上の森は、トンボの相も豊かです。
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タカノツメの若樹 |
ギンヤンマ(上)とキイトトンボ(下) |
ウラギンシジミや、黒い羽根に緑の鱗粉が美しいカラスアゲハとも出会えて嬉しい日です。
25日に赤池にたたずみ、その宇宙を見てみました。大正池以上に賑やかな世界が展開されています。水辺のイトトンボ達、底で藻を食べたり、水面のヒシの根?をかじったり、跳ねたりするウシガエルのオタマジャクシ、やはり水面で群れる魚のオイカワ、そして名も知らぬ生まれたばかりと思われる小魚たち、タニシが潜み、水の上を滑るマツモムシ、アメンボと実に魅惑的です。ヒツジグサが白い花を水面上に咲かせていました。
また多くの生物たちに会えた、夏の里山の日々を過ごすことが出来ました。
トピックス
万博との関連事業「瀬戸市南東部地区新住宅市街地開発事業及び名古屋瀬戸道路の都市計画に関する公聴会」が終わりました。
万博より手続きが先行しているこれら2事業の公聴会が7月18・19日をもって終了しました。これにより、計画は原案の作成へと、向かうことになります。多くの計画への疑問、反対の声に、愛知県はどれほど耳を傾けてくれるのでしょうか? |
今回のテーマ:「里山」
近年、原生自然のみならず、人との暮らしと関わってきた里山の自然が見直されるようになって来ました。里山の雑木林や、中山間地の田んぼ、ため池の生態系の豊かさについての研究もされはじめているようですが、生態学的な面での確立はこれからで、今後の成果が待たれます。その一つに里山の管理がありますが、一口に里山と言えども、その環境や、成り立ち、樹や草などの構成は地域毎、場所毎に実に様々であるようです。雑木林の手入れなど管理の方法についても、「土地ごとに事情が異なるため、一概に『こうすればうまくいく』という方法は今の所見付かってはいない。」(日本自然保護協会発行『自然保護』1997年4月号No.415より)と書かれています。
里山保全への動き
(財)日本野鳥の会では。
平成8年度から、重点事業として、「里山の自然と野鳥を守る」に取り組む。97・98年の会主催のバードソン(全国各地でそれぞれ指定の日にどれだけ鳥の種類を確認できたか競い、募金活動も行なう。募金は野鳥の生息地の保全などに役立てられる。)のテーマは里山が舞台。瀬戸市海上の森でもバードソンが行なわれました。募金によって支援された20の里山保全NGOからのメッセージが機関誌「野鳥」1997年9・10月号No.604(特集は『里山・人・生きもののつながり』)に掲載されています。97年11月1・2日には、「蘇れ!里山シンポジウム」が開催されました。
http://www.museum-japan.com/wbsj/
WWF-Japanの場合
各地での、自然保護に取り組む団体に、活動費の助成を行なっているWWFですが、その中には里山の保全に取り組む自然保護団体も勿論含まれています。97年4月19日には、助成先の団体による各地での報告を行なう、WWFセミナーの第3回目として、「里山の自然を守る」が開催されました。
http://wwfjapan.aaapc.co.jp/
(財)日本自然保護協会の場合
1997年度に、第3回目の、全国の会員による全国一斉自然しらべとして、「里やまの自然しらべ」が行なわれる。(計933ヶ所、2,460名による。)結果が一覧表になったポスターが出ています。機関誌「自然保護」1998年1・2月号No.423では、各地の結果の概要を交えた特集が出ています。結びの言葉の「身近なところにあるからこそ大切な里やま。誰かに守ってもらうのではなく、みんなで守ろう。里やまを。」
(同機関誌1・2月号)には同感!
http://www.nacsj.or.jp
里山保全に取り組むNGOのHP
(財)トトロのふるさと財団
http://www.jeton.or.jp/users/totoro/
東京都と埼玉県にまたがる狭山丘陵の自然や文化財の保護運動を行なっています。90年に新たにナショナル・トラストを始めました。アニメ映画「となりのトトロ」の監督、宮崎駿さん始め、多くの方々の賛同を得て、「トトロのふるさと基金」と名付けられ、98年には財団として、設立。今尚、道路計画問題などの、保全への課題があります。(パンフ内容等より)
東京最後の里山 横沢入
http://www02.so-net.ne.jp/~yokosawa/
横沢入とは、東京都あきる野市の、JR武蔵五日市駅と武蔵増戸駅の間に位置する里山ですが、最近JR東日本による宅地開発の計画が持ち上がっていて、里山自然の存亡の危機にさらされています。「ムササビの会」はじめ、様々な自然保護団体が里山を守るための活動を行なっています。
「里山」を知るための、お勧めの本
「里山の自然を守る」石井実・植田邦彦・重松敏則著 築地書館
昆虫生態、植物、造園と、立場の異なる3人の著者の方によって書かれています。従って意見が3者3様ですが。お勧めは植田邦彦氏の3「低湿地とその植物たち」です。主に、海上の森での保全問題でも取り上げられている、東海丘陵要素の湿地植物について書かれています。湿地の保全には、湿地そのもののみならず、水の供給源となる周辺地も保全すべき、とあります。
「エコロジーガイド里山の自然」田端英雄編著 保育社
里山の自然と保全について、生態学の面から、各地の成り立ちや景観の歴史から、または農業・林業面からと、幅広く取り上げられています。関西・関東での里山の違い、水田・水路・ため池間を利用している生物について、保全活動を実践している事例のいくつかの紹介などは、読んで非常に参考になると思います。
「ケビンの里山自然観察記」ケビン・ショート著 講談社
アメリカ人であるケビンさんが千葉県印西町で発見した里山の自然の魅力を、イラストなどと共に紹介した楽しい本です。「外国人」だからこそなのか・・・里山への感動の気持ちが、日本人よりも新鮮に伝わって来ます。カエルの話や、生物を殺さない標本の収集(葉や、草木の実、虫の抜け殻、のコレクション)の薦めや、第4章の「里山自然の保護のために」の所は一読の価値があります。
「保全生態学入門ー遺伝子から景観まで」鷲谷いづみ・矢原徹一著 文一総合出版
(読んだ方からの感想を掲載しました。)
里山など自然の保全を考えるのに、苦労しても挑戦する価値の或る名著。6章の「種内の遺伝的変異とメタ個体群の動態」では、定性的に論じられることが多かった種のテーマに、数学的な見地からアプローチしており、種の定量的分析へのプロローグとして新鮮。(例:一つの個体群が絶滅しないためには、どれだけの個体群が必要かを具体的に明示する手法)
今まで、「周囲に同様の生息環境が広く分布する」ことや「開発により一部の群落が消滅するが、主な群落が残される」ことで、「環境目標を達成できる」とされてしまう環境影響評価に、いかにして本書にある手法が組み込まれるかが、今後の課題となりそうです。著者の一人、鷲谷先生は「科学」の6月号で「保全生態学からみた望ましいアセス、望ましい万博」という論文を寄せており、博覧会協会による環境影響評価の計画に対し、厳しい評価を下していますが、この本を読めば、その自信の根拠の一端に触れる思いがします。
読むには高校程度の数学の知識が必要。遺伝子関連の術語が出てくるので、「絵とき遺伝学の知識」松澤昭雄著(オーム社出版局)などで遺伝学の基礎に親しんでおくと良い様です。鷲谷先生の近著「サクラソウの目」(地人書館)は本書の入門編とのこと。
こちらのHPもどうぞ・・・。
青山さんのHP「海上の森」(野鳥の会愛知県支部公認ページ)
http://www.met.nagoya-u.ac.jp/AOYAMA/nature/kaisho.html
今まで森で確認された野鳥たちのリストや森の風景などの写真が沢
山掲載されています。ここが都市計画にふさわしいものなのか、こ
の姿のまま保全するのが良いのか、良くご覧になって下さい。
上杉さんの「瀬戸市の住人のページ」
http://venus.synnet.or.jp/UESUGI/
メニューの「万博関連」の中に、最近出された博覧会協会による万博会場の素案についての紹介と、それに対する上杉さん独自の辛口な評価が寄せられています。他にも色々な情報が掲載されています。
このページについてのお問い合わせは次の宛先までお願いします。
www@hb-arts.co.jp