安全地帯(218)
−信濃 太郎−
「篆刻の世界に遊ぶ」
友人の医師、星野利勝君が「中村蘭台一門篆刻展」に作品を出しているというので会場の銀座・鳩居堂画廊へ友人3人で訪れた(6月10日・会期は15日まで)。3偕と4偕の画廊を152名の会員の作品が並ぶ。なかなか壮観で熱気がある。毎日新聞時代「毎日書道会」に関係したことがあり、またしばしば毎日書道展を拝見しているので「漢字」「かな」「近代私文書」「大字書」「刻字」「前衛書」とともに「篆刻」には興味があった。 篆刻書の彫り方、彫る言葉の選び方、文字の配列にそれぞれの人柄が如実に表現されていて面白い。その上、文字が独創的に進化され芸術的に変形されている。その変化が楽しく見える。「天地和同」「身非木石」「乾坤一擲」「山のあなたの空遠く」「歩歩是道場」などの篆刻作品を見ていると、作者達が真剣にそれぞれの道を懸命に生きてきたことがうかがえる。星野君が選んだ篆書は「横身三界外」。「横身」と「三界」が並列で「外」の一字が並列の二文字の大きさに負けないよう彫られている。バランスがとれて味がある。星野君は悟りの境地におられるようである。私など「欲界」「色界」「無色界」をさまよっている。つい最近も「我に問う恋の卒業ありやなし」の句を詠んだほどである。星野君は夜、こつこつと篆刻をしているという。うらやましい限りである。
ともかく「漢字」は面白い。ひと文字ひと文字に思いがある。それがふた文字よ文字になると一編の小説になる。思いが膨らむからである。私が篆刻するなら「禾中走 一日夫」と書く。唐の伝奇小説「謝小娥伝」からとったもの。その伝奇小説によると、小娥が夫と父を江上の賊に殺された。夢に出てきた夫が「我れを殺した者は禾中走 一日夫なり」と告げたという。乞食をしながら諸国をめぐりその謎を積学の士に問うた。李公佐が「禾中走は田の上下をつらぬくもので申、一日夫は合わせて春、賊の名は申春なり」と教えた。かくて苦心の末、めでたく本懐を遂げる「烈婦物語」である。(白川静著「漢字百話」中公新書)
3人の友とは、写真家の霜田昭冶君、画家の渡辺瑞正君、戦史研究家の吉満秀雄君である。終わって近くの壱真(かづま)珈琲店でコーヒーを飲みながら雑談をする。霜田君は本日の案内役、1月に藤沢から撮影した新春の富士の写真をメールで送っていただいた。渡辺君は画家で絵、書など三世代家族展を開くなど話題豊富である。吉満君は「戦場にかける橋」北朝鮮版の主人公内田照次郎さんの冊子を世話人となって出版するなど隠れた戦史を発屈するのに努力している。生涯ジャーナリストを志す私は貪欲にあちこちに顔を出し取材をしている。その意味では刺激的な篆刻展であった。
さて、「歌徳」と「康徳」は何と読むか。次に篆刻するならこの4文字にしたい。 |