2007年(平成19年)7月10日号

No.365

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安全地帯(185)

信濃 太郎

毎日新聞のOB会に感あり

 誘われて久し振りに毎日新聞のOB会に出席した(6月29日)。毎年、株主総会が終ったあと会社の実情を聞き、懇親する場である。北村正任社長の説明では今期の経営状態はわずかばかりの黒字を計上しただけでまだ配当する十分な利益をあげていない。紙面は元公安調査庁長官の詐欺事件など特種を連発頑張っているという。「紙面は命、販売は力」というから毎日新聞は生命力だけはたくましいのかもしれない。昨今毎日の役員や関連会社の役員を務めたOBが毎日の内情を暴露する本を出版していることが話題となった。私はこの種本は読まない。40年近くもお世話になった会社の悪口を聞きたくもないし、悪口を言うつもりもないからである。また悪口をいうのを潔しとしない。
 誘われたというのは渡邊襄元社長の通夜(6月22日)の席上で一緒になった佐々木叶さんに「たまにはOB会に顔を出せよ」と進められた。ここ5、6年OB会に顔を出していない。このとき、陸士53期の溝淵秀夫少佐の話が出た。佐々木さんが船舶候補生の時の上官で、非常に目おかけられ、射撃の指導を受けたという。「陸軍士官名簿」を見て溝淵さんの岡山の住所を知らせた。顔を合わせるなり「岡山へ早速手紙を出すよ」と言っていた。私の陸士予科時代の区隊長も53期であった。この期は大東亞戦争開戦期は中隊長、終戦時は大隊長で卒業生の37.2パーセントが戦没している。
 わざわざ長野市から倉島康君が姿を見せる。松川事件(昭和24年8月17日東北本線の列車脱線事故、機関士ら3名死亡、乗客数名負傷.容疑者として20人が逮捕される)で「諏訪メモ」の特ダネをものにした記者である。このメモのために死刑判決の佐藤一被告らのアリバイが成立し、被告全員が無罪となった。「諏訪メモ」が毎日新聞の福島版のトップを飾ったのは昭和34年6月29日である。48年前のこの日である。「私は毎日の同人とこの日の思い出を大切にするため出席したのです」という。当時の友人たちとよしなし事を語りたいのであろう。その年の8月上告審は7対5で破棄差し戻しの判決を下す。当時、被告や家族から倉島記者は「神様」と思われた。このような記者はざらにいるものではない。
 池田龍夫さんから名整理部記者といわれた名木田一夫さんの娘・作家・名木田恵子さんの消息を伝えるコピーを頂いた。産経新聞の書評欄に掲載された「著者に聞きたい」でその著書『レネット 金色の林檎』が紹介されていた。もう一つは日本アイスランド協会の会員誌「AURORA」の載った恵子さんのエッセイであった。整理部OBの友情の深さには感動する。経営は苦しくても毎日新聞は「人」で持っているのかもしれない。

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