2007年(平成19年)5月10号

No.359

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花ある風景(274)

並木 徹

あなたのかけがいのない人は誰か

  井上ひさし作・鵜山仁演出・宇野誠一郎音楽・こまつ座の「紙屋町さくらホテル」を堪能した(4月30日・六本木俳優座劇場)。このお芝居を見るのは3回目である。いつもながら井上ひさしの珠玉のような「対話」の連続に感心する。同時に常に私たちにいくつかの問題を問い掛ける。戦争責任をどう考えるのか、何故終戦がおくれたのか、もっと早ければ広島、長崎に原爆は落ちなかったのではないか、新劇とは何か、言語学とはどのような学問か、色々考えさせられる。
 今回は何故か、「かけがいのない人」という言葉にひどく共感した。芝居中の芝居「無法松の一生」の中で「貯金通帳の場」の稽古で丸山定夫(木場勝己)がいうセリフが心に響く。板についているのは福島巡査(戸倉八郎=大原康裕)、熊吉(針生武夫=河野洋一郎)、虎吉(長谷川清=辻萬長)、とよ(神宮純子=中川安奈)、尾形重蔵(大島輝彦=久保酎吉)の5人。丸山「この世で一番大切な人が、隣の部屋で臨終の床についているとしましょう。その人のことをこころの底から懐かしく想ってみてください」
 針生「・・・・それで?」
 丸山「想い溢れてこころがはち切れそうになる瞬間、その人の名をふっと口にしたくなる。いいですか、その瞬間のあなたのこころの、顔の、からだのありようをしっかり記憶する。こうして俳優林康夫(針生武夫の偽名)の財産が出来るわけです。そしてそれを必要に応じて再現する。・・・・これはモスクワ芸術座から小内山先生が築地に直輸入なさった役作りのやりかたです。あなたのかけがえのない人はだれですか」
 針生「・・・・にいさん」
 戸倉「・・・・おじさん」
 丸山「小内山薫、土方与志、青山杉作の築地の三先生」
 園井(恵子=森奈みはる)「・・・・小林一三先生」
 大島「津田克太郎、後藤春夫、山崎和夫(いづれも教え子)」
 淳子「・・・・ダット(父親)」
 長谷川「・・・・陛下」(長谷川は海軍大将で陛下の特命を受けて陸軍の本土決戦の進捗状況を極秘に調べていた)
その人によってかけがいのない人は異なるであろう。私は「・・・・母親」と答える。7人兄弟の中で一番優しく大切に育っててくれたと自分の肌で感じるからである。その人に最も影響を与えた人と言い換えることもできよう。演劇人であるならば「わたしたちは詩人の言葉を借りて、それぞれ自分のこころを表現するのですから、それぞれ演技がちがってきて当然ですね。そしてそれを俳優の個性と呼ぶのです」(園井のセリフ)と成長してゆく。丸山はいう。「それが築地の根本精神ですな」。いつ聞いても凄いと思うのは「人間の中でも宝石のような人たちが非優になるんです。なぜならこころが宝石のようにきれいで、ピカピカに輝いているものでないかぎり、すなおに人のこころの中に入ってその人そのものになりきることができないからです」。名優といわれる人が少ないのそのためであろう。どの世界にも「宝石のようなうな人」は少ない。人間にとって「こころを磨く」のは極めて難しい。修行が無限といわれる所以であろう。井上ひさしの芝居は「こころを磨く」場かもしれない。

 

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