2007年(平成19年)1月1号

No.346

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花ある風景(261)

並木 徹

「玲子句集成りて思はる広島菜」 松崎鉄之介

 友人の西村博君が痴呆症で悩む夫人、玲子さんの作品を集めた句集「足跡」(藍書房・190ページ)を出版した(2006年12月10日)。介護老人保健施設「ハートランド桶川」のベッドの上で出来たばかりの句集を手にした玲子さんは思わず句集を胸に抱きかかえたという。西村君は「家内の現況は面会時に、時には『お父さん』ということもありますが、何となく他人と違う存在として、言葉もなく微笑するのが常です」というが、夫人は夫、博さんの思いやりに感激したに違いない。それが「胸に句集を抱きかかえる」所作になったのであろう。
 玲子さんが俳句の道に入ったのは昭和52年8月で、「濱」に入会する。初めは大野林火に師事し、林火亡き後は松崎鉄之介さんについて学ぶ。松崎さんが玲子さんの俳句に目を留めるのは昭和60年4月頃から6月に掛けてである。
 「嚔して怒る心の失せにけり」
 「駈けたがる当年馬なだめ厩出し」
 「豊漁も重さとならぬ白魚網」
松崎さんの批評。「西村さんも今年に入ってから注目される作品を多く見せてくれている。俳句の勘どころがようやく身についてきたように思える。前月の当年馬の句もまた嚔の句にもひとつのとらえどころをしっかりと持っている」
玲子さんの体調が悪くなったのは平成9年頃からで、平成13年5月にはアルツハイマーの初期の病状と診断された。西村君は玲子さんが判断できる間に自前の句集を出してやりたいと思いつく。「濱」を通じて句作を慶びとし、生き甲斐としてきた玲子さんの歩みの成果として本書の名も「足跡」とした。扉題字もみずから墨書した。娘さんや孫もその整理を手伝った。
  「旅の苞夫に何せむ父の日ぞ」
  「風車回すに父の肩車」
  「若き日の夫なつかしや終戦日」
  「凝り過ぎて父子の凧の揚がらざり」
  「友の訃に夫熱燗を欲りにけり」
  「児を入れて長湯の夫の菖蒲笛」
  「夫との旅疲れを隠すサングラス」
  「蟇出でて夫の無口ほぐれけり」
  「夕端居夫に言ひたきこと言えず」
  「うるか壺父と酌まむと休暇の子」
  「夫出張鰈一皿煮凝れり」
  「夫の引出開くに出づる瓢の笛」
  「すがれ虫聞き分け顔の羅漢さま」
 この夫にしてこの妻あり。玲子さんが西村君を題材にした句がかなりある。私達仲間にはややぶっきらぼうに見える西村君だが、玲子さんは温たかな眼差しで夫を観察する。それなりの思いやりと気配りをする。うらやましき限りである。句集「足跡」を手にして病状が好転することを祈るや切なるものがある。句集出版に師、松崎鉄之介さんは一句を西村君に寄せた(西村君は広島に勤務したことがある)。
「玲子句集成りて思はる広島菜」

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