2006年(平成18年)10月20日号

No.339

銀座一丁目新聞

上へ
茶説
追悼録
花ある風景
競馬徒然草
安全地帯
自省抄
銀座の桜
いこいの広場
ファッションプラザ
山と私
銀座展望台(BLOG)
GINZA点描
銀座俳句道場
広告ニュース
バックナンバー

安全地帯(159)

信濃 太郎

裏磐梯・会津を旅する

 友人に誘われて仲間同士13人(うち女性4人)で裏磐梯・会津へ一泊二日の旅行をする(10月15日、16日)。二日間とも秋晴れに恵まれ、十分に自然の美しさを堪能、友との語らいを楽しんだ。歩数計は15日6891歩、16日8175歩。体の調子は上々であった。
 初日は午前10時、郡山駅から郡山中央交通のバスで「あぶくま洞」(福島県田村市滝根町)へ。「およそ8000万年という歳月を掛けて創られた大自然の造形美。全長600mの洞内は、天井から大きく下がる鍾乳石や床下からタケノコのように堆積してできる石筍など千変万化の神秘な世界がつづいている」とパンフレットにある。入洞券一人200円。番号は06134。昭和44年石灰石を採取中に偶然に鍾乳洞を発見。観光資源として大いに宣伝し平成16年には1600万人を突破する。種類と数の多さで東洋一である。たくまない自然の造形に名前がつく。「妖怪の塔」 「自然の滝」など。高さ29mもある「滝根御殿」は最大のホール。地下水によって石灰岩が溶かされ空洞になった後、遥かな歳月をへて様々な鍾乳石が出来た。観音様に似たものもあった。10センチのかたまりとなるまで100年も掛かるという。自然の営みの雄大なのには驚くほかない。洞の近くの食堂で昼食をする。幕の内弁当。
 バスの席順は自然に決まった。後部座席から門田省三さん、牧内節男。その前、園部忠さん、霜田昭治さん。その前、田中長さん、節子夫人。その前、田辺静夫さん、昭子夫人。その前、氏家一夫さん、美貴子夫人。その前、渡邊端正さん、迪子夫人。その前、佐藤茂雄さん。それに運転手とガイドさん。
雑談を交わすのは席の前後となる。外交官であった門田さんの話は面白かった。大島国連大使は国連での実務に詳しく上司にも信念を貫く人だという。今回の安保理の北朝鮮の核実験への制裁決議案は全会一致の採決にむけて全力をつくであろうということであった。
 午後から「野口英世記念館」(福島県耶麻郡猪苗代町)を見学。入館料500円。生まれてから19歳まで過ごしたという生家を見る。1歳半の時ヤケドした囲炉裏と上京の際決意を刻んだ柱を拝見する。貧困とヤケドを克服、アメリカに渡り世界的な医学者となり名声を博した人物というのが子どものころ学校で習った人物像である。この日も見学者で溢れていた。アメリカでは彼の評価が日本と大いに違うようだ。ニューヨークのロックフェラー大学の図書館2階に野口英世の胸像があるが、いまやその名を口にする人もいない。彼の業績もその後、間違いであったと判明したものもある。むしろヘビイ・ドリンカー、プレイボーイとして評判であったという。
 五色沼湖沼群の一つ「毘沙門沼」。この「青」どう表現したらよいのか。晴れていても光によって変わる。モネが光の微妙な変化で積藁の色が変わるので次々に描き、15点もの「積藁」の連作が出来上がってしまったという話があるが、見事なほど神秘的な青であった。ケイ素とアルミニウムの化合物を含んだコロイド粒子の層がうかんでいるから、この毘沙門沼、瑠璃沼、青沼は独特の輝きをするという。桧原湖を見た後「裏磐梯猫魔ホテル」に宿泊。475号室。佐藤さんと一緒であった。共に軍人の子弟であるのを知った。熱心に航空兵を志望したこと。司法試験の苦労話も聞いた。話は尽きず、大浴場から露天風呂まで続いた。今なお自家用飛行機を操縦しているのだから尊敬する。16日朝8時40分ホテルをスタート。磐梯ゴールドラインを通って会津へ。途中、「滑滝」で紅葉しかかった磐梯高原を背景に写真をとる。「滑滝」は水の音だけで滝はみえなかった。「すすき揺れ 音のみ聞こゆ 滑滝」
 「塔のへつり」(南会津郡下郷町)に着く。へつりとは方言で断崖、急斜面を意味する。奇岩、怪岩が12塔。それぞれに名がつく。100万年以上の年月の侵食と風化によって断崖が削りとられて出来たという。自然のゆっくりした、ねばりある創作に驚嘆する。「塔のへつり 南無阿弥陀仏 秋の声」。昼食はかって会津西街道の宿場町「大内宿」で取る。高遠ソバを一本のネギをかじりながら天ぷらとともに頂く。珍味であった。部屋に「億兆一心」(貞愛親王)の額が目につく。約40軒の茅葺屋根の民家が軒を並べる。県と下郷町が「売らない、貸さない、壊さない」の三原則で保存を優先させているとか。
 飯盛山で19士の墓に手を合わせる。近くのおみやげ物の売店の女主人が説明役をする。白虎隊の剣舞も見る。袴鉢巻の20代の娘さんが「白虎隊の歌」にあわせて舞う。16、17歳の少年が火に包まれた城下を見ながら自刃した姿を想起すれば胸にくるものがある。「秋かなし 乙女の舞いや 白虎隊」
 鶴ヶ城を散策、城を背にして写真をとり帰路につく。自然の悠久さ・たくまざる造形美に感嘆させられた磐梯を訪ねる旅であった。


磐梯山を臨む

このページについてのお問い合わせは次の宛先までお願いします。(そのさい発行日記述をお忘れなく)
www@hb-arts.co.jp