花ある風景(253)
並木 徹
「映画「赤い鯨と白い蛇」」
せんぼよしこ監督の映画「赤い鯨と白い蛇」(11月25日から東京・東京・神田神保町、岩波ホールで上映)を見る。テーマーは「自分に正直に生きよ」。主人公は女性ばかり5人。74歳の雨宮保江(香川京子)孫娘、田中明美(宮地真緒)館山にある茅葺の屋根の民家の持ち主、河原光子(浅田美代子)その娘で小学生の理香(坂野真里)その民家を借りたことのある大原美土里(樹木稀林)。老若5人の女性が織り成す五重奏が興味深く鳴り響く。ドヴォザークの「ピアノと弦楽のための五重奏曲 イ長調 作品81番」の調べを思い浮かべる。
年を重ね次第に記憶が心もとなくなった保江は明美を連れて息子夫婦のところに行くはずを館山で下車する。保江は戦時中館山に住み、終戦後も暫くそこにいた。住んでいたのは茅葺の屋根の民家であった。訪ねてゆくと出てきたのは光子で、この家を取り壊して立て直すため昨日よそへ引越ししたばかりであった。
保江にとって青春の思い出が一杯詰まっている家であった。母屋、離れ、蔵、庭の一隅にある水神様の祠・・・。光子の夫は3年前に黙って家を出たままである。理香は父の思い出詰まったこの古い家が大好きである。光子はその逆である。
第一樂章「アレグロ・マ・ノン・タント」はテーマーに対してピアノはやわらかい悲しげな伴奏をする。それは列車で息子の所に身を寄せる保江の思いに似る。やがて勇ましい力強い調べに変わるのは、昔住んだ古い家がそのままで現存する歓びと重なり合う。
保江は「遠い昔の大切な約束を確かめにここにきた」といい、「できればここで泊まりたい」と言い出す。光子は嫌な顔一つせず「よろしければ何日でも」と承諾する。そこへサブリメント食品のセールをしている美土里が姿を見せる。ずけずけとした物言いの美土里と遠慮のない現代っ子の明美がやりあいながらも女性たちは古い知り合いのように打ち解ける。保江は言う。「この家には百五十年になる白い蛇が住んでいる。その蛇と話をすると幸せになれる」白い蛇は弁天様の使いとも言われる。弁天様は音楽、能弁の神、水神でもある。
第二樂章「アンダンテ・コン・モート」。スラブ民族の気分を深く現した曲調だといわれる。「慟哭」「苦しさ」「悲哀」の旋律が響く。映画のシーンはきわめて日本的である。「約束」「もてなし」「から元気」「明朗」などそれぞれの女性の表情が出る。
保江が15歳の時、水神様の前で白い大きな蛇が「自分に正直に」といった声が聞こえたという。美土里は茶化しもせずにお茶を入れる。ボーイフレドと駅で会うという明美を車送った際、バックミラーで夫に似た後姿を見かけ、ドキドキする。保江はお守りの中にある金ボタンを見ているうちに何かを思い出し海岸のほうへ歩き出す。桟橋で風に吹かれた佇む美土里は詐欺紛いのセールをして客から逃げ回っていた。光子に彼女の夫と新宿駅であったともらす。光子の返事は「今度あったらもう忘れたってつたえてください」であった。
第三樂章「フリアント」「モルト・ヴィヴァーチェ」心よい歌謡調、魅惑的な旋律、演奏のテンポが速くなる。女性たちの動きが急に動き出す感じである。「妊娠」 「夫への未練」 「詐欺紛いの商法」「忘れていた思い出」。最終の調べに突入する。
会うなりボーイフレンドから「結婚したいなら子どもを堕せ、産みたいなら別れよう」といわれたと明美が泣き出す。「別れなさい」という美土里。「もっと話し合うべきだ」と進める光子。そこへ理香が保江の姿が見えなくなったと伝えに来る。
保江は山の斜面に掘られた防空壕の中でなくなった父が面倒を見た軍人の一人、森島鶴彦海軍少尉の遺品の入った木箱を探し出す。森島少尉は特殊潜航艇に爆弾を積んで出撃することを嫌い脱走した兵士を処刑する役割を任されたが逆に兵を逃がしたあと自分も逃亡し処刑されたのであった。敗戦2日前の出来事であった。死ぬ前に保江に「森島鶴彦という人間がこの世にいたということを覚えて欲しい」といった。水神様のそばで森島の遺品を焼く。明美に保江は言う。「せっかく授かったもんだから」。明美の心のしこりが消えてゆく。一冊の本の間から保江宛ての手紙が出てくる。「戦争のために僕は自分に正直に生きられませんでした。保江さんには己を信じて、僕の分まで生きて欲しい。自分に正直に・・・」
第四樂章「アレグロ」 活気は全編に漲る。それから1年後、館山のやわたんまち大祭に娘を連れて祭りを見物する明美の姿があった。 |