花ある風景(252)
並木 徹
「関晴子さんのピアノを聞く」
久し振りに関晴子さんのピアノリサイタルに出かけた(10月6日・ルーテル市ヶ谷センター)。強い風と雨の夜であった。200人入るホールは満員であった。補助席まで設けられるほどであった。彼女に根強いフアンがいるのを知る。この夜、シューベルトの「ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調 D960」に堪能した。
案内は8月に頂いた。それには「いつか年をとったら、このシューベルトのソナタを弾きたい思っておりました。そのいつかが先のことではなく、今がその時という境地になりまし」とあった。
静寂、祈り、要所を締める音の波の第一樂章を関さんは柔らかく、やさしく鍵盤に触れる。消えては現れるトリルに神の啓示を聞く。「人に優しくあれ」。第二樂章。流れは第一楽章よりゆるやかだが彼女の良さが最も表現される調べである。音にその人の優しさ・思いやりが出て美しく、心に響く。「今がその時・・・」という気持ちが良くわかる。その気持ち、心の高ぶりがそのまま第三楽章に引き継がれる。さらに「繊細さ」が加わる。「アレグロ・マ・ノン・トロッポ」は恍惚の内に聞く。
この作品は1828年9月に作られた最後のソナタである。シューベルトはその年の11月19日に飢餓のため死去する。31歳であった。友人達の計らいでウィーンにある、尊敬してやまないベートーヴェンの墓地の隣に葬られた。彼の名曲が世に出るのは残念ながら死後である。
関さんの手紙にいう。「シューベルトの最後のピアノソナタの至高の美しさに魅せられ、また抒情詩的で且つ深層の世界へと導くブラームスの晩年の作品に強く心動かされ、あえて今、
その一歩を踏み出した次第です」
この夜、はじめにブラームスの「三つの間奏曲 作品117」を演奏した。これも楽しく聞いた。
関さんと知り合ったのは何十年前であろうか。黒沼ユリ子さんの演奏会でピアノを伴奏された。何年間前、東京・神樂坂の「音楽の友社のホール」で始めて関さんのピアノ独奏を聞いた。あまりの音の素晴らしさにびっくりした。黒沼さんとのコンサートではいつも控え目にピアノを演奏していたのに、謙虚さは変わらないのだが、優しく凛として響くピアノの音に魅了された。そのピアノの音に今夜はさらに”温かい愛”が加わったような気がする。音楽は気持ちを新しくしてくれる。 |