黒木和雄監督、映画「紙屋悦子の青春」(8月12日から東京。神田神保町、岩波ホールでロードショー)の舞台は鹿児島県米ノ津町。時は昭和20年3月末から4月初旬。主人公悦子(原田知世)は兄の技術者、安忠(小林薫)とその妻で女学校の同級生であったふさ(本上まなみ)と仲良く暮らす。敗戦4ヵ月ほど前だがここには空襲がなく、穏かで平凡な日常生活が繰り広げられる。東京がB29 80機による初襲されたのが昭和19年11月24日、それから定期的に始まる。11月27日B29 40機が関東、東海道、近畿南部へ、11月30日20機内外、12月3日、12月27日とつづき、昭和20年1月27日70機、丸の内、銀座、京橋方面を爆撃、死者多数を出す。2月17日170機、波状爆撃、火が全域に及ぶ。2月25日130機来襲、3月4日150機来襲、死者1003名被害家屋4085戸、3月10日130機による夜間大空襲、死者233000人、行方不明多数233000戸余を焼く。5月24日25日ともに2000機以上が来襲、被害東京全域に及ぶ(明治・大正・昭和「世相史」より)。
悦子にお見合いの話が出る。兄安忠の五高・京大の後輩で近くの出水海軍航空隊にいる明石少尉(松岡俊介)が13期海軍予備学生同期の永与少尉(永瀬正敏)を紹介する。悦子は兄の後輩、明石をひそかに思っている。操縦の明石は何れ特攻で死ぬ身である。整備の永与であれば戦死の恐れは先ずないであろうと考えたのである。見合いの日、明石はトイレに立つ振りして先に帰る。悦子は不器用で口下手な永与に好意を抱く。出撃前夜、明石はは悦子に別れを告げに来る。満開の桜が散る中を去ってゆく。その夜、悦子は再び会うことのない明石のために泣き明かす。戦火に芽生えた淡い恋は悲しくはかない。「向日葵の先に1945年の恋」(悠々)とつくづくと思わざるを得ない。
米軍主力が沖縄本島に上陸したのは4月1日であった。この日、沖縄に突っ込んだ陸海軍の特攻機は39機を数える。2日は鹿屋から30機が飛び立ったのはじめ48機が特攻攻撃した。3日は88機・・・5日小磯内閣総辞職、7日海軍大将、鈴木貫太郎内閣が誕生する。
数日後、永世が明石の戦死を告げる。親友を失い、淡い恋心を抱いた人が死に、悲しみを共有する二人は結ばれる運命となる。私の友人で13期海軍予備学生の高橋久勝君は戦死した学友のことを詠む。
引鶴を送りて出撃彗星隊
沖縄の戦ひ終へり梅雨寒し
特攻に明けし弥生の尽きるかな
爆音の桜を散らす訣れかな
「この映画はあの時代を生きてきた若者たちに捧げるレクイエムです」と言った黒木監督は今年の4月12日、75歳でこの世を去った。
(柳 路夫) |