安全地帯(147)
−信濃 太郎−
松本清張のウソを暴く
毎日新聞の読書欄で『松本清張の現実と虚構』の著者、仲正昌樹さんを太井浩一さんが取り上げていた(6月18日)。いささか気になる表現があった。「下山事件、松川事件など占領期に起こった諸事件の謎に迫った『日本の黒い霧』は、米国の謀略を強調する陰謀史観だとして批判も受けた。しかし、この作品の意義は『真実の追究というより、当時の日本がいかに深いところで米国に規定されたかという問題提起にあった』という」の個所である。松本清張の『日本の黒い霧』は1960年1月号『文芸春秋」の『下山国鉄総裁謀殺論』で始まり十二回目「謀略朝鮮戦争」で終っている。毎日新聞が2000年6月30日に出版した「20世紀事件史 歴史の現場」で下山事件は自殺説が定説であるとしている。それを占領軍の謀殺だと松本清張は嘘を書いている。謀略でもないのに謀略とする松本清張の魂胆が良くわからない。敗戦から独立まで占領下にあったのだから米国に規定されていたのは理明の理である。問題提起するまでもない。佐藤一著「松本清張の陰謀」(早思社・2006年2月発行))は「すべてを米国の謀略として多くの日本人を惑わした清張の虚妄をただした」本である。
国鉄総裁謀殺論の筋は下山総裁を北区赤羽ちかくの占領軍専用工場に連れ込んで血を抜いて殺し、死体を貨車に載せ、赤羽経由で田端に回送、占領軍専用の1201貨物列車に接続。常磐線綾瀬駅近くで投下し、後続列車に轢断させたというものである。だが調べてみると、1201列車は貨物ではなく旅客列車で、上野を出ると真っ直ぐに水戸に向う。田端とは関係がない。殺されたとする占領軍専用工場は働いているのは日本人で殺人現場とはなりえない。死体を轢断させたと言うが、機関車底部には鶏卵大ゼリー状血痕群がこびりついていた。これは生体を轢いたという証拠である。死体では血は凝固しない。「死後轢断」という東大古畑鑑定は誤りであった。当時警視庁捜査一課は松本清張が下山事件を書くというので捜査資料を提供して全面的に協力した。ところが「文芸春秋」に発表されたのは米軍謀殺論であった。松本清張に「裏切られた」とデカさん達が嘆いていたと聞いた。「謀略朝鮮戦争」にしても清張はアメリカ占領軍が朝鮮戦争を企図したとするが現在ではその逆で、北からの侵攻開始したのが通説である。A・V・トルクノフ著・下斗米伸夫・金成浩訳「朝鮮戦争の謎と真実」(草思社・2001年11月発行)は松本清張の謀略説を根底から打ち崩す役割を果たす。私は松本清張の推理小説は認めるが他は評価しない。「日本の黒い霧」が発表されて以来、松本清張の本を手にしない。 |