2006年(平成18年)6月1日号

No.325

銀座一丁目新聞

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自省抄(58)

池上三重子

  4月14日(旧暦3月17日)金曜日 くもり、肌寒しい

 妙子先生はお亡くなり、と。ご子息夫妻が来室、その由を知る。
 八十八歳の誕生日を迎えられて七か月、天寿を全うされたのだ。おめでとうと申したいながら、この八月には
初盆!? 信じがたい先生の死の現実よ。
 愛別離苦、これが残されたものの言い難い哀しみだ。
 乙羽信子さんとの別れ。辻奎子さんとの別れ。 木曽幸子先生との別れ。両親兄姉との別れ。これが私人生!?
そう私の生のすがたに他ならない。
 別れは、一時、苦悩を味合わねばならぬ。不思議でたまらないのは、この既成事実を身に沁みてきていながら
馴れることができないことだ。
 妙子先生にはお世話になった。母の重症時に、私の歯科入院中に……はたまた昼食のお菜やぜんざいなどを携
えて一か月に一度は必ず訪れ、食介して下さった。
 その先生が老いられた? 老いがすすまれた? そして脳梗塞の発症? 更にその七か月後の脳出血? 先生
ご自身の驚愕! 私の驚愕と詠嘆!
 記憶にとどめておこうと私は克明に思い出そうと努めながら、書きつつ合点ができずにもたもた縺れ合うあり
ようよ。
 先生にはほんとうにお世話になった。そして先立たれてしまった。
 人間苦から全解放の死! されど死!?
動悸どくどく早搏ちの心臓は何ゆえ?
 母上よ!
 妙しゃんはお亡くなりです。
 私は冥界を信じない。絶対信じない。そのくせ在ったらなあという感情が流れる。流れるどころか、切望さえ
しているようである。
 母上がいらっしゃる。父上がいらっしゃる。兄上も姉上もいらっしゃる。どうして在ることを望まずにいられ
よう。
 不思議な人間の生と死です。
 何の不思議もないのに不思議なこの世の生死……永劫の流れなのですねぇ。
 
 介護をしてくれる人に今日ははっきり口に出して、と日頃の要望(!)を昨夜とろとろと考えていたのに何と
何と、言わずとも今日は望み通りの介護にはびっくりした。本当におどろきつつ嬉しかった。
 人生! 私の今日の生、おめでとう。
 母上よ!
 夢見にお待ちいたします。
 妙子先生……とうとう逝っておしまいになった。
 母上よ、これでいいと今日の事すべてを思いましょう。
 夢見にお待ちいたしますね。



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