2005年(平成17年)10月1日号

No.301

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安全地帯(122)

信濃 太郎

 公認売春宿

 アレクサ・アルバート著・安原和見訳「公認売春宿」(講談社刊)を読む。著者は公衆衛生の研究者としてコンドームの使用状況を調査するため、夫の了解を得て単身、七ヵ月も公認売春宿に住み込み、調査を進める。そのうちに売春婦やそこで働く人々に関心を持ち始め、8年にわたり売春宿の実態を研究する。その成果がこの本である。
アメリカはネバダ州だけが売春を合法としている。日本では売春は禁じられているが、イギリス、フランス、スイス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、ポーランド、オーストラリア、ニュージランド、タイなどの諸国は売春が合法である。著者が住みこんだネヴァダ州のリノのムスタング・ランチは州公認売春施設の年間収益5千万ドルの内半分を稼ぎ出している最も有名な店である。日本人観光客15名もここを訪れている。
 著者は重要な指摘をする。「この複雑で時代を超越した職業はつまるところ人間の本質に根ざしているいる」。この本を読む限りその通りだと思う。人間の本質に売春が根ざしているとすれば、簡単に売春はなくならない。売春婦の一人も「自分も仲間も『普通の人間』であることをわかって欲しい」と訴える。二人の子供を持つ23歳の母親は夫に進められてここで働いている。月々の支払いのためである。1000キロ離れた街から通ってくる31歳の男性もいる。彼女達は優れた心理学者のような気もする。優れた売春婦の条件はセックスの最中は自分がお金を払った客だということを忘れさせ、その後ではこれは単なる取引きだということを思い出せ、本物の関係と勘違いさせないようにするのだという。そうでなければ売春婦とお客の間がこじれてしまう。7カ月ここで過ごした著者の感想は「清潔でちゃんとした職場に見えたし女性たちは鎖につながれた捕虜ではなく自分の意志で働いている自覚的な職業人だった」と言うことである。だが、売春婦に対する世間の眼は厳しい。常に嘲りやからかいの対象である。日本の売春防止法にも売春が「人としての尊厳を害し」「性道徳に反し」「社会の善良な風俗を乱すもの」と書かれている。著者は「有料だろうと無料だろうと、成人間の合意に基ずくセックスは他人が口を挟む筋合いではない」という。だから多くの国で売春を合法としているのであろう。男と女の間柄はさまざまである。これに政治的な色付けや道徳的な枠をはめるのは可笑しいのではないか。セックスはもっとおおらかに考えてもいいような気がする。歴史をひもといてみよ。バビロンでは女は誰でも一生に一度は見知らぬ男と交わらねばならない。しかも男からお金を頂くのである。女は男と交われば女神に対する奉仕を果たしたことになリ、家に帰れる。日本でも伊邪那岐、伊邪那美の二神が交わって国を生む「古事記」の一節がある(佐伯順子著「遊女の文化史」より)。売春婦達も今を「一生懸命に生きている」のであるとつくづく思う。

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