花ある風景(198)
並木 徹
羽生善治王将の強さ
羽生善治さんの王将就位式があった(4月5日・KKRホテル東京)。羽生さんは現在王将、王位、王座、棋王の4冠のタイトルを持つ。一時は七冠をとったのに昨年は王座だけになってしまい、羽生ファンをやきもきさせた。昨年7月以後なみにのってつぎつぎにタイトルを奪回してきた。12日からは名人戦に挑戦する。
乾杯の音頭を取った毎日新聞、北村正任社長は次のようなエピソードを披露した。「昨年の夏ごろ羽生さんからはがきを頂いた。それにはチェスの元世界チャンピオン、ロバート・ジェームス・フィッシャーさんの釈放に力を貸してくださいと書かれてあった。棋士は将棋だけやっておればよいというものではない。社会の動きにも目を配り、時にはそれにかかわってゆくことも大切なことである。そうすることによって人間としての幅が広がってゆくと思う」。毎日新聞はフィッシャーの釈放のためにそれなりに努力をした。行過ぎて関係者に空港の新聞記者用の腕章まで貸して物議をかもすおまけまでついた。
チェスの日本ランキング2位の羽生さんは小泉首相宛てにメールでフィッシャーさんの釈放嘆願をしている(昨年9月5日)。このなかでフィッシャーさんはチェスの世界のモーツァルトのような存在で残した棋譜は百年後も色あせることなく存在するとまで表現している。
フィッシャーさんが捕まったのは昨年7月13日。日本からフィリピンへ出国しようとしたところ旅券が無効であるということで身柄を拘束された。アメリカ政府は彼が1992年に経済制裁中の旧ユーゴスラビアで6億の賞金を賭けたチェスの対局をしたことで制裁違反の罪に問うた。このため旅券が本人が知らないまま無効になった。昨年12月アイスランド政府がフィッシャーさんの受け入れを表明、3月24日仮放免になり日本に拘留されること8ヶ月、やっとアイスランドへ出国した。アイスランドは軍隊を持たず、NATOに加盟しており、アメリカの空軍基地が置かれている。親米の国である。それでも文化藝術のためにチェスを選んだのは立派である。この国では1972年チェスの世界選手権が開かれ、フィッシャーさんがソ連のボリス・スパスキーと対戦、スパスキーを破って初めてアメリカ人が世界チャンピオンになっている。羽生さんは書く。「フィッシャーさんの残した棋譜は大胆さと攻撃性と意外性に富んだ、感動さえ呼ぶ」(2004年11月号『文芸春秋」より)。これこそ羽生さんが目指す将棋である。だからこそ『伝説のチェスの王者』をほって置く訳にはいかなかった。一段と幅の広くなった人間・羽生さんの今後を期待する。 |