安全地帯(82)
−信濃 太郎−
移民は棄民であった
垣根涼介著「ワイルドソウル」(幻冬舎刊)を時間がたつのを忘れて一気に読み上げた。地獄に落とされたアマゾン移民の生き残りと子供の時現地に取り残されて生き長らえた男達の外務省への復讐長編小説(525ページ)である。
移民の語感が悪いので外務省は「海外移住者」と呼ばせた。もちろん成功者もいるが実体は「棄民」であった。本の冒頭にある外交官の言葉がその事実を示している。「アマゾンに移住させることは、わが国民を死地に陥れるのとおなじようなものだ」1898年(明治31年)初代の駐ブラジル公使・珍田氏が外務大臣に上申した報告書より。
「アマゾンはとても外国人が住めるところではない。万一わが国民を移住させたなら、幾百名の移民は数ヵ月のうちにことく惨死するのは確実である」1900年(明治33年)同じくブラジル公使・大越氏の手による公文書より。1916年(大正5年)11月「サンパウロ丸」700人ほどの移民が北アメリカに旅立った。当時日本政府が発行した「移住者募集要項」によればアマゾン各地にちらばる入植予定地は農業用地としての開墾がすでに終わっており灌漑用水や入植者用の家も完備しているといたわれていた。これは真っ赤なうそであった。主人公の江藤は妻と弟を失い各地を放浪し8年後サンパウロに出る。ここでアラブ系の雑貨商に救われる。「食うに困っているならなぜ施しを求めない」という雑貨商に江藤は答える。「餓死寸前なのに物盗りになる度胸もない。かといって乞食にまでおちぶれるにはちっぽけなプライドが許さない」江藤は果物の仲買人として成功する。
それから40数年後3人の男が報復のために日本に集る。江藤にかっての入植地で助けられた友人の遺児、そこで生を受けて麻薬密売の片腕として働いている男、江藤と共に砂金とりをしていた初老の男。友人の遺児を江藤は自分の息子として育てるのだが、その息子はみんなから好かれる。著者は言う。「人間何か窮地に陥った時、最後にたよりになるものは、それまでの信用でも実績でもない。人間性がいいとか悪いとかという問題でもない。最終的には、その本人からにじみ出す愛嬌のようなものに人は手をさしのべるのだ」
復讐は外務省の建物に、「犬同然に扱われた4万の民の苦しみを知れ」の垂れ幕をつるし、マシンガンで300発の弾がそのビルにぶち込み始められる。さらに、移住関係者3人を富士山の樹海に誘拐監禁される。人を一人も殺さないところがいい。テレビの女性デレクターを事件に巻き込み、その恋愛をからめた構成は読者を酔わせる。「ふざけんなっ。誰がいつ、あんたなんかと一緒になるっていったよ! 」きわめて言葉が悪い
が、アマゾン育ちの野生児には相応しい女性かもしれない。 |