競馬徒然草(10)
―今年のキーワード―
「人気」とか「ブーム」というのは、妙なものだ。小さなことだが、改めて実感したことがあるので、そのことから書き始めたい。郊外の町の図書館でのことだ。今年の芥川賞の受賞作の貸し出し状況を調べてもらうと、特に『蹴りたい背中』(綿矢りさ)など希望者が多く、「今申し込んでも、半年先になります」との返事だった。これには驚いた。いくらベストセラーとはいえ、かつてこれほどのことはなかった。もちろん借りるつもりはなく、人気のほどを調べてみただけのことだが、異常ともいえる現象だと実感した。
今年の芥川賞は、2人の若い女性が同時受賞。それも史上最年少(19歳と20歳)。つまり「史上初めて」のことで、作品は出版されてベストセラーになった。受賞作がベストセラーになること自体は珍しくないので、そのことにはあまり驚きもない。だが、前述のように、町の図書館で人気のほどを知るに及んで、改めて「驚き」を感じた。異常といえる人気の理由は、どこにあるのだろうか。
断っておくが、この作品を別に文学作品として高く評価しているわけではない。こちらと同様、「特に読みたいとも思わない」という人もいる。ある出版社の編集者もその1人で、こんな感想を聞かせてくれた。「前作を読んで、今の若いものの感覚も分かっていたし、この程度のレベルか、とも思っていたしね」と。これには同感だ。また、別の人物だが、冷やかし半分に、作品の題名をもじって、「蹴飛ばしてやりたい奴なら、俺にもいるけどね」と、言った。彼の中に内在しているような、そういう潜在意識のようなものなら、誰もが持っていて不思議はない。そう考えると、あの作品のブームの異常さの裏側には、今の世の中の異常ともいえる歪みを、読み取ることができるかもしれない。
今年のキーワードの1つは、「異常」あるいは「異常現象」ではあるまいか。かつてなかった事が、次々と起きる。さまざまな分野で、例を挙げるのに事欠かないくらいだ。今年のキーワードからいえば、かつてないことが起きたとしても、おかしくない。話題を競馬に移しても、あの高知競馬のハルウララ人気など、まさにそうではないか。連戦連敗の馬の人気がとどまるところを知らないなど、かつてなかったことだ。これまでの常識では考え及ばないことだ。こうしたことは、なにも高知という一地方の現象だけにとどまることはあるまい。今後、中央の競馬の世界でも、去年までとは違うことが起きてもおかしくないだろう。 (
新倉 弘久) |