2003年(平成15年)9月20日号

No.228

銀座一丁目新聞

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競馬徒然草(27)

―伝説の馬― 

  1冊のノンフィクションが話題になっている。『シービスケット』(ローラ・ヒレンブランド著、奥田祐士訳、ソニー・マガジンズ社刊)。「あるアメリカ競走馬の伝説」というサブタイトルが付いている。このサブタイトルが眼に止まり、手に取って見る人も多いようだ。シービスケットという馬のことは、日本ではあまり知られていない。それには事情もあるのだが、そこに「伝説の名馬」といわれる理由もある。関心のある人には、一読をお勧めしたい。
 シービスケットという馬は、1930年代の後半にアメリカで活躍し、絶大なファンの人気を得る。さらにいえば、3冠馬でアメリカの最強馬といわれたウォーアドミラルとマッチレースもする。しかも、これに勝つ。1938年(昭和13年)のことである。ウォーアドミラルとのレースは、全米のファンを熱狂させたようだ。そのマッチレースの日、全米に実況中継されたラジオ放送を聞くために、ルーズヴェルト大統領は、顧問団を執務室の外に待たせたという。如何に全米の注目を集めた大イベントであったかを物語る。日本では、かつてこれほどのイベント(レース)はなかったし、今後もないだろう。仮にあるとしても、例えば首相が実況放送を聞くために、人を待たせるようなことはあるまい。たちまち世間の非難を浴びるだろうから。
 そこにアメリカと日本の社会状況の違いがあるというだけでなく、アメリカという国のおもしろいところでもある。ちなみに、1938年に新聞が最も紙面を割いたのは、1位がシービスケットで、2位ルーズヴェルト、3位ヒットラー、4位ムッソリーニの順だという。各国の政治家を抑え、シービスケットがトップというのが注目される。この1938年(昭和13)といえば、日本は前年に日中戦争を始めており、国内では国家総動員法が公布され、暗い戦争の時代へと突入して行く。当時、なおアメリカでは競馬が盛んであったわけだ。そして、シービスケットという伝説の名馬が活躍した。もともと体が小さく、やせ細ってもいた。すぐ暴れる気の悪い馬でもあった。この馬に眼を留めた調教師が、根気よく強い名馬に仕上げてゆく。右眼の不自由な騎手。愛情深い馬主。名馬誕生の裏にある人間ドラマ。多くのことを考えさせる。

(戸明 英一)

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