マンガ「ブラックジャックによろしく」(佐藤秀峰著・監修長屋憲・講談社刊)が400万部も売れ、テレビのドラマ化されたと聞いて戦後はじめてマンガを買った。昨年の6月に第一巻が出版され、第四巻まで出ている。内容は一流大学の医学部を出た研修医を主人公に日本の医療現場の矛盾、醜さなどと戦い、己のあり方に疑問を持つ様子を描く。面白い。一晩で四冊とも読んだ。
第一巻の「第一外科編」で救急車の受け入れを拒否しない病院での主人公斉藤英二郎のアルバイト振りを紹介する。毎年8千人が全国に81ある大學医学部を卒業してゆく。医師国家試験に合格し医師免許を取得した者は2年間大学病院などで研修医として実技を学ぶ。一日平均労働時間16時間、月給3万6千円である。仕方なく研修医はみんなアルバイトをする。バイト先の病院で斉藤は交通事故における医療費の実体を知る。交通事故の場合好きなだけ医療費が取れる。一律一点10円のものがこの病院では一点単価は40円である。治療費は医療保険ではなく自動車損害賠償保険から支払われる。この病院が受け入れるのは交通事故だけである。儲かるからである。一晩で8万円のバイト代を頂く。「汚い大人になりたくない・・・」「医者って一体なんだろうな・・・」と悩む。
日本には24万人の医者がいる。先進国なみだが、病院の数も多く病院に勤務する医者の数は極端に少ない。大學病院を除けば夜間の病院には研修医しかいない。日本中の病院ではこれが常識である。一人で当直の夜、担ぎ込まれた20代の交通事故による瀕死の患者を目の前にして斉藤は何も出来ない。駆けつけた院長のオペで救われる。「失敗したら殺人ですよ」と悩む斉藤に院長の言葉は強烈である「ほっといても死ぬ・・・」「どうせ死ぬなら腹を開けろ・・・」「なに
もしないよりマシだ」「君はあの患者を見殺しにしようとした・・・」
3ケ月の研修を終わり。母校の付属病院に配属される。大学病院は診療だけでなく教育、研究も目的とする特殊の病院である。手術暦30年の教授は一度も手術に失敗していない。なんのことはない。実際は患者の皮膚だけを切りあとを執刀医者にまかせるからである。500CCの点滴の中味が25グラムのブドウ糖にすぎない。脱水症状もないのに点滴を打つのは日本だけという。このようなムダの積み重ねが国の医療財政を圧迫している。
75歳の患者をめぐる指導医と斉藤との論争は興味深い。患者の延命措置をするかしないか難しい問題である。現在の日本の医療費は50兆円15年後には80兆円になる。「回復の見込みが殆どない老人を延命するためだけに何千万もの国民の金を使うのか」単なる延命措置は医療費のムダ使いであると指導医は諭す。斉藤は言う「医者が患者を助けようというのがそんなにいけないことですか・・・」斉藤は一旦
中止になった延命措置を再開させる。だが老人は死ぬ。
6ケ月たって第一内科に移った斉藤に新たな試練が待ち受ける。不安定狭心症と診断された38歳の男の患者の受け持ち医になる。日本人の20人に一人は心筋梗塞である。すぐに手術を必要とする場合でも心臓外科と次の合同症例検討会を開いて相談してからでないと決められない仕組みになっている。患者は手遅れで死ぬということになる。「隣の医局は外国より遠い」という言葉があるぐらいである。心臓手術の場合一人の医師ががその技術を維持するために年100回はオペが必要なのに、一流といわれる斉藤の病院では年に12人しかオペをしていない。「だから一流は危ない」と手術部の看護婦は言う。
誤診、投薬ミス、病院のたらい回し、小児科医の不足など医療 現場は荒廃している。医療財政も逼迫している。新聞もテレビもこの事実を伝えないわけではないが、何度も繰り返して伝えねば効果があがらない。その意味ではこのマンガの売れ行きは大きな意義がある。マンガ世代が医療の現場の実体を知るのはいいことだ。
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