2002年(平成14年)9月1日号

No.190

銀座一丁目新聞

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安全地帯(20)

−先輩は老いても元気なり−

−信濃 太郎−

 信濃毎日新聞を見ていたら「私の声」欄に77歳の妹さんが82歳になる兄の事を書いていた(8月22日)。それによると、天竜カヌー教室に参加して以来カヌーにこり、暇を見つけては天竜川で楽しんでいるという。たいしたものである。さらに「昭和10年代、陸軍士官学校の泳法の第一歩は、生徒を満載したボートを太平洋の沖合いで転覆させ、水に浮ベないものだけを救った」とある。
 私達(59期)の場合はそんなことはなかった。昭和18年8月1日から10日間、沼津(静浦)で遊泳演習があった。この間、漕船訓練、通信教育、大発舟艇による上陸演習などがありしぼられた。最後の日は遠泳で4キロを泳がされた。金槌の私もやっと泳げるようになり、1キロを泳ぎ、舟に拾われた。当時の遊泳演習の懐かしい写真がいまも残っている。
 兄さんの年齢から推察すると54期生とおもわれる。54期は昭和12年12月予科に入校、15年9月本科を卒業(航空要員は16年2月)している。戦死者762名、戦病死者92名、法務死4名、殉職76名、終戦時自決者2名を数える。ご本人もパラオ島からの生還者である。「たったひとりでカヌーを漕ぎながら兄は何を思っているのだろうか」と問ひながら信念を持って生きている兄に「このごろはただただ感心しているばかりである」と、妹さんはその心境を綴っている。こんな記事を見ると、先輩に負けてはおれないと大いに励まされる。

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