2002年(平成14年)9月1日号

No.190

銀座一丁目新聞

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お耳を拝借(58)

-後悔先に立たず

芹澤 かずこ

 

 子供たちが結婚して別に所帯を持ち、一人で暮らしをしていると、まるで見捨てられたかの如く、さぞかし侘しい生活をしているのではないかと同情を寄せる人も中にはいて、とくに田舎の義兄などは最近も長男に「いつまでも親を放っておくな」というような意味合いのことを言ったようです。人の気も知らないでお節介もいいところ…。
 先年他界した父方の叔母も、早くに連れ合いを亡くし、子供もなく長い一人暮しのせいもあって、そのころ仕事でよく遅くなった私の体を心配して、一緒に住んで食事の世話をしてもいいと言ってくれていました。食事に関して言えば、大勢で食べるのとは品数が違って、味気ないのは確かです。帰ってきてから作るより、出来ていればどんなにか楽でしょう。とても有り難い話でしたが、一人暮しは慣れてしまうと応えられない魅力があります。誰にも気兼ねしないで自分の時間を好きに使えるというのは、それまでの私の生活にはないものでした。
それでも最初は狭い家が急に広くなった感じでしたが、徐々に模様替えなどして後は自分の天下。読書や原稿の執筆などに行きづまると、一人をいいことにゴロンと横になってヨガまがいの格好をして、好きなだけ天井を睨んでもいられます。仮に誰かいたとしたらどうでしょう、何をしているのかと訝(いぶか)るでしょうし、こちらも人の目を気にしなくてはなりません。
 気分が乗っているとつい時の経つのを忘れ、コトンと朝刊の入る音に目を上げると、カーテンの向こうが白み始めていることさえあります。これも一人なれば出来ること。年寄りでもいたら大変です。その頃、みなと座という劇団で仕事をしていました。普段は土日祭日が休みでしたが、公演ともなると稽古を含め数ヶ月は休日も返上で、帰りも遅くなり、家には寝に帰るだけの毎日。こんな時は疲れて誰とも口をききたくない状態です。またこうゆう時は、食事もその時々に応じて外で済ませたり、帰ってから遅くに食べたり、情況次第、おなか次第。これが一人だからいいようなもので、待っている人がいたらその度に言い訳をしたり、断わりの連絡をすることになり、これが煩わしいといったら身勝手ととられるでしょうが、これらのことが叔母の申し出を退けた理由でした。でも死なれて見ると、せっかくの好意にはやはり甘えるべきだったのでは…と、悔やまれる昨今です。



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