花ある風景(102)
ジャスミン
“切ない気持ち”を運んでくるのは秋風の特権だとばかり思っていたのに、真夏の盛りの本屋をのぞくと、“切なくなろうよ”のキャンペーンが展開されている。書店イチオシの本が平積みされた台には、“痛いくらい愛しい人”“痛いほど大切な想い”のキャンペーン文句が続々目に飛び込む。どうやら時流の底には、“ペインフル憧憬群”・・・切なくなりたい人がひしめいているらしい。
キャンペーン棚の片隅に、大人のおとぎ話が一冊。うたい文句は「心がときめく本です」「死にたいほど辛いことだって楽しくなるラブ・ストーリー」。タイトルは「天国の本屋」(かまくら春秋社、1000円税別)という。実はこの本、2000年12月31日に発行された。それが、2002年初夏になって日本各地から注文が殺到。廃刊間近だった本が、急きょ増刷された。発端は、ある地方書店(岩手県盛岡市)新人店員の感動だった。号泣する店員を見て、読むことを勧めた店主は、今年3月からお客さんにも推奨した。サラリーマン客を中心に、本の感動は伝染し、同店での売れ行きは500冊に届く勢い。そして、「本の良さ」を伝える声は、現在、北の書店から南の書店、読者から読者へとつながっている。
本のストーリーはこうだ。就職活動に悪戦苦闘する男子学生がいる。コンビニで呆っとグラビア雑誌を立ち読みしているところへ、天からの使いがやってくる。天使は、アロハを着た初老のおじちゃん。青年は天国の本屋の短期店長に任命される。そして、天国へ連れて行かれた主人公。そこで出会うのは、女性を好きになる気持ち、子どもに聴かせる朗読の仕事、昔読んだ絵本、天国で恋をしていたおばあちゃんの姿・・・。ちょっと切ないノスタルジック・ストーリーの材料は揃っている。だが、この本の人気の秘密は、もう一つあるようだ。
それは、“切なさの痛みに食傷ぎみな人”もうんざりしないですむことではないか。実際、読者層は中高年の男性会社員が目立つという。夢と現実の狭間で生きる青年や初老の男に、“どことなく自分っぽい”という共感を見出すのだろう。あるいは、あの世での生活を経て現世に“生まれ変わる”主人公に、読者も思わず“自己リニューアル”について考えてしまうのかもしれない。さらに、ストーリーの切なさを盛り上げるはずの恋のやり取りも、随分とリアルである。主人公が天国で出会った少女は、現世での心の痛みのために死にきれずにいる。どちらかというと、“切なさなんてクソクラエ”と毒づくタイプである。最後には、青年の愛情に触れ、本来の素直な優しさを取り戻すのだが・・・。
ところで、この物語は舞台でも人気で、刊行当初に青山円形劇場で初演、今春は博品館劇場で再演された。天国の日だまりの本屋さんは、小さな劇場にとてもよく似合っている。今、町から町へとつながる“天国”の風景が、あちこちの地方劇団の舞台で演じられていったら楽しい気がする。「本を読む時間を大切にする」鎖が果てしなくつながっていきますように。 (文責・ジャスミン)
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