花ある風景(95)
並木 徹
瀋陽日本総領事館事件で、瀋陽が北朝鮮を巡る情報収集の場所となっているのを始めて知った。アメリカがここに総領事館を置いている意味がよくわる。アメリカは朝鮮語が達者で優秀な要員を何人も投入しているという(「AERA」5月27日号より)。瀋陽は人口700万人、中国東北地区の経済、文化、交通、金融、商業の中心地である。さまざな人々がうごめき、情報が飛び交う都市でもある。
そういえば、戦前、奉天と呼んだこの地に特務機関があった。歴代の機関長にはそれぞれ名うての軍政とりわけ経済方面の大家がなった。仕事は奉天及び南満州地区一帯の経済政治情報を収集するにあった。のちに大将となる土肥原賢二も板垣征四郎も機関長を勤め、縦横の手腕を振るった(西原征夫著「全記録ハルビン特務機関」より)。
情報こそ最高の戦力である。瀋陽という土地の利を生かせば、貴重な情報はいくらでもはいってくるではないか。人の動き、物価の上がり下がり、何を意味するのかよく検討すれば、ひとつの情報になる。あらかじめそれなりの対応も考えられる。
今回の事件は日本政府の政治難民に対するきびしい基本姿勢と無縁ではない。アメリカ総領事館に逃げ込んだ北朝鮮の住民が数日のうちに第三国を経由して韓国に亡命したのに対して、日本総領事館の5人はもたついた。解決までに15日もかかった。しかも、世界にその恥をさらした。酷な言い方だが、日ごろの仕事のやり方に緊張感がないからである。それにしても、副領事は情けなさ過ぎる。目の前で女の子と二人の女性が領事館の敷地の中で、中国の武装警官に捕まえらたのを見て、何もしないというのは神経を疑う。たとへ「不審者は追い返せ」と指示されていても、「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」という。子供を抱き上げ、断乎武装警官を敷地から追い出せなかったものかと悔やまれる。人間の値打ちは窮地に立たされたとき初めてわかるものである。
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