2002年(平成14年)4月10日号

No.176

銀座一丁目新聞

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競馬徒然草(7)

−低金利時代と夢− 

 4月は新年度の始まりだが、今年は「ペイオフ」などという嫌なことから始まった。低金利時代を象徴するものとして、100万円の預金利子が極めて微々たるものであることも報じられた。パーセントで表わすとき、小数点以下にゼロは何個つくのだろう。そんなことも話題になった。午後の喫茶店でおばさんたちの話を聞いていると、「スズメの涙ほどもない」という言葉が耳に入った。「スズメの涙」などという言葉は死語になっていたと思っていたが、まだ生きている。ここへきて復活したというべきだろうか。
おばさんたちの話題が、宝くじからサッカーや競馬などに移るのもやむを得ない。夫や息子から聞いた競馬の情報を1人が披露すると、話がいちだんと盛り上がりを見せるのだった。おばさんたちの話に、おじさんが耳を傾けて何が悪かろう。興味深く聴かせてもらった。誰もが、何らかの夢を求めているのである。
 競馬の話題は馬券の種類から始まった。とりわけ万馬券に対する関心は強いようであった。そこで、これに関することから触れることにしよう。
 最近はしばしば万馬券が出るので珍しくもなくなった。 「馬連」(馬番連勝式)が発売されるようになったのが、1つのきっかけとなった。それまでの「枠連」(枠番連勝式)に加えて、新たに「馬連」が導入されたのは、1991年(平成3)10月からである。馬券を買うのにマークカード方式が導入されたのも、このときである。マークカードが試験的に登場したのは、その前年の4月(東京競馬場)。最初はファンにも戸惑いがあった。カードに印刷されているレース番号や馬券の種類、金額などを塗りつぶしてゆく真剣な様子は、受験生がマークシート方式の試験問題に取り組んでいる姿を連想させ、微笑ましくさえあったものである。
 馬券の買い方として、3〜5頭の馬番を組み合わせる「ボックス」が導入されたのは、1993年(平成5)9月から。その後、さらに「ワイド」が登場し、今日に至っている。
 「ワイド」は3着まで的中とするから、配当は安くなるが、これで救われたファンも多い。一方、大きい配当を狙う穴党には好まれていないようだ。いずれにしても、ファンの要望に応える形で馬券の種類も増えてきている。
 それはともかく、ファンはなにがしかの配当を得たい。できればそれも大きいほうがいいと望んでいる。そこで参考までに、過去の大きい万馬券の例を挙げてみよう。中央競馬の重賞レースに限ってみると、最高は98年(平成10)3月29日の日経賞。馬連1−8が21万3,370円。100円の馬券が21万円になって戻ってきたのだから、仰天ものだ。勝ったテンジンショウグンは、12頭立ての最低人気だった。ちなみに2着は7番人気。1番人気の馬は3着。「人気、当てにならず」の教訓を思い知らせたレースだった。
 ところで、地方競馬にはもっと大きな穴が飛び出している。97年11月29日、大分県の中津競馬場で枠単7―3が72万9,000円。中央・地方を通じての史上最高である。折から11月の末。的中者のサラリーマンにとっては、一足早いボーナスとなったようである。

(宇曾裕三)

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