文化放送と劇団ふるさときゃらばん主催の三回目の「ミュージカル体験塾」の卒業公演を複雑な気持ちを抱きながら見た(3月10日・東京・文京シビックホール)。ミュージカルは「ショピングセンターの事件帖」。
この日発売された月刊「文芸春秋」4月号を読みながら会場に向かう。榊原英資さんの論文「小泉骨太改革は破産した」には、ダイエー再建策はソフトランディング路線で、従来通りの先送り策である。不良債権問題をいかなる哲学と戦略で解決しようとしているのか早急に示さない限り、金融市場と金融システムは急速に崩壊していかざるを得ないと訴えていた。期待された小泉さんもその前途が見えてきたかと暗い気持ちになった。
会場についてその気持ちは吹っ飛んだ。ダンス、歌、セリフはともかく、みんな舞台で演じるのが楽しくてしょうがないといった気持ちであふれていた。満員の観客はどうでも良いといわんばかりに、笑い、声を発し、体を動かす。カンカン踊りにはその気持ちが良くあらわれていた。こちらもなんとなく、うきうきしてきた。ホールの入り口で「生徒の出来栄え」を心配していた天城美枝塾長も良い点をつけられよう。
プログラムには、出場者がグループごとに全員紹介されている。職業を多い順に並べると、会社員21人、主婦9人(もっと多いかもしれない)小学生8人、フリーター6人、中学生4人、学生4人。79人の半数が体験塾に2年、3年と頑張っている生徒である。そういえば、3年目のまんが家、ビック錠さんは警備員の役で登場、ユーモラスな所作で観客を笑わせていた。受験勉強で忙しいのか高校生は1人だけだが、小、中学生が多いのが目立つ。週一回3時間大人たちに混じって、ダンス、発声、合唱、演技基礎などを勉強し、作品稽古、仕上げの塾の体験は、他所では味わえないものである。ここで若者たちは、知らず知らずのうちに礼儀だとか我慢することを学ぶであろう。
職業欄に、「今日はみんな女優よ」「お天気屋さん」「宇宙人?」「わけあり旅人」といった記入があり、なかなかユーモアがあってよい。
塾生たちのエネルギーにはほとほと感心する。毎週一回午後6時半から午後9時半まで3時間稽古する。しかも年間24万3810円の受講料を払う。小学1年生から68歳までの人々がそれなりに演劇に夢を抱く。遠く長野から来ていた人は町長役で「良い味」をだしていた。この間、ふるさときゃらばん主催のミュージュカルに出演したり、今製作中の映画に端役にでたり、エキストラで参加したりしている。塾生たちは人使いの荒い「ふるさときゃらばん」のしごきに耐えて、よく頑張ってきた。もっとも、稽古中泣かされた人もいるらしい。
ベニスの衰退期を生きた歴史家、ジョバンニ・ボテロは次のように書き残している。「偉大な国家を滅ぼすものは、けっして外面的な要因ではない。それは何よりも人間の心のなか、そしてその反映たる社会の風潮によって滅びるのである」(中西輝政著「大英帝国衰亡史)。
塾生たちが演じたミュージカルは、地元の人たちの暮らしに一番近いところで、地元の人たちと一緒に、この町になくてはならない「ショッピングセンター」を目指して奮闘する物語で、保水力を持つ森林も育てようという環境問題も織り込んだ真面目なものであった。この塾生たちのあふれんばかりのエネルギーと気力をみるかぎり、今の日本に精神的活力が枯渇しているとは到底思えない。終って、劇団のプロデューサー平塚順子さんに頂いたコーヒーは美味であった。
|