何となく心に感ずる、予感がするというのを「虫の知らせ」とか「虫が知らせた」とかいう。「第六感」というのはとはまた違って、余りいい意味には使われていない。因みに第六感とは五感(視覚・味覚・聴覚・嗅覚・触覚)の他にあるとされる感覚で、鋭く物事の本質をつかむことだという。でもいい意味にしろ、悪い意味にしろ「虫の知らせ」以外には考えられない、ということがあるものだ。
家の近くにもう20年からの馴染みのドイツレストランがある。マスターが調理をして、ママさんがアルバイトの女の子を使い、カウンターの中で馴染みの客と四方山話しをしながら上手に店を切り盛りしている。夫の生前はそこでよく仕事の打ち合わせや、遊びの会合を持ったし、娘がアルバイトをしたこともある。ドイツレストランであるからアイスバンやフランクソーセージやチョリソーが美味だが、私はマスターの作るオムライスが何より好きだった。
そのオムライスを何故だか急に食べたくなって出かけて行くと、一週間後に閉店するという「お知らせ」がレジの横に貼ってあった。「え?どうして!!どうして!!」今年に入って一度も来ていなかったことは棚に上げて、寝耳に水のこの貼り紙に仰天してママさんに訊ねると、体を悪くして続けられなくなったからだと言う。一人息子は畑違いの職に付いていて、マスターにしても後を継がせる気は始めからなさそうだった。それにしても勿体無い。マスターとママさんの人柄と手軽な値段で近くの会社の宴会も多い。
夫が他界してからは以前のように出かけて行く回数は減ったものの、それでもたまに立ち寄ってはカウンターでママさんと話をしたり、手の空いたマスターが顔を出して話しに加わることもあった。昨秋は近くに住む仕事仲間とも2回ばかり出かけて、その折にマスターの故郷から届く一夜干しの烏賊(いか)をつまみに注文すると、「これ、マスターからです」と女の子が烏賊と一緒に赤ワインの差し入れを持ってきた。「???」といぶかる我々に「烏賊を焼き過ぎてしまったから・・・」だと。
オムライスを食べたい、と急に思ったきっかけが、やはり烏賊であったことに後で気がついた。千葉の銚子に出かけた折に買ってきた一夜干しの烏賊を、つい焼き過ぎてしまい「これがマスターなら赤ワインつきだ」と、ふとその時のことが頭を過ぎったのだ。
出かけて行くのがもっと後だったら、と思うとこれは「虫の知らせ」に他ならない。家に帰るなり直ぐに娘に電話を入れた。
「知らせてくれてありがとう、お世話になったお礼が言いたいから、万障繰り合わせて出かけて行きます」
娘にとっても青天の霹靂のようであった。
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