2001年(平成13年)12月10日号

No.164

銀座一丁目新聞

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横浜便り(24)

分須 朗子

−短い物語 「円」 2−

 <タロウ 12/24 21:30>  新幹線の改札口を出て、公衆電話を探している。空きの電話台を一つ見つけたので、人混みの合間に滑り込んだ。だが、その電話はテレホンカードが使えないらしい。財布に小銭を探す。一つの硬貨も見あたらない。
 早く電話をかけたい。
 ぐるりと四方を見回す。構内は、やけに人が多い。申し合わせたように、すべての公衆電話がふさがっている。電話にもたれかかって談笑する奴に向かって罵声を飛ばしたくなる。売店に両替しに行こうか。だが、売店までは距離がある。その間に、この唯一の電話を見失ったらピンチ。10円、10円、10円、10円・・・玉1個、どこかに落ちてないのか? 釣り銭口のフタをかぱかぱ音を立てて中を探っても、現状は何も変わらない。あぁ、10円玉の銅色が恋しい。売店へ向かう。小走りになっているのは、何でだ?
 とにかく、早く電話をかけたいのだ。電話口で、「今、新横浜」とさりげなく言ったら、ハナコはビックリするだろうか。きっと喜ぶだろうな。

<ハナコ 12/24 21:45>
 新横浜から三島までの切符を買い、新幹線の改札口で振り返った。にぎやかな駅構内に、くたびれた公衆電話が、そこだけぽっかりと浮かび上がって見える。ほかの電話はいっぱいなのに、一台だけ空いているのが不思議だ。きっと、テレホンカードが使えないのだろう。財布に硬貨を確かめる。10円玉は、一枚だけ。
 タロウに電話がかけたくなった。出ないと分かっているのだけれど、かけてみようか。突然会いに行って驚かせるのもいいけれど、ひとまず伝えておこうかという気もする。だから、タロウの携帯電話を呼び出す。でも、やっぱり、応答なし。釣り銭口にカラリと落ちた10円玉を取り出し、足早に改札を抜ける。

<タロウ 12/24 22:00>
 売店から公衆電話まで戻ってくると、10円電話機はまだ空いていた。せいた気持ちで、ハナコの部屋の番号を指で追う。なのに、留守メッセージに切り替わるもんだから、受話器を乱暴に押し戻す。クリスマスプレゼントは携帯電話にすればよかったか? 思い直して、もう一度かけてみる。再生される留守番電話。伝言は残さないでおこう。いきなり話した方が、ビックリするだろうから。

<ハナコ 12/24 22:30>
 三島の駅前ロータリーは、閑散としている。電話ボックスを見つけると、握りしめたままの10円玉を硬貨口に差し込む。タロウの携帯電話は、呼び出し音が鳴り続けるだけ。  別の誰かといるのかな? なんて考えると、泣きそうになる。タロウの部屋に電話をかけようか、やめようか。タロウの部屋に行ってみようか、どうしようか。
 一週間前のタロウの言葉を思い出す。
 「会社を出るのが11時過ぎるだろうから・・・。そっちには行けない」
 去年もそうだった。その前の年もそうだった。
 「クリスマスなんて、人様の誕生日でしょ? 何がおもしろいわけ?」
 タロウは、たまに、不粋なことを言う。
 かといって、タロウを放って別の誰かと過ごそうものなら、憮然としてどうしようもなくなるくせに。

<タロウ 12/24 23:00>
 9時には仕事が終わると言ってたはずだ。しかし、ハナコは、部屋に帰っていない。電話の向こうで響く機械的な留守メッセージがわずらわしい。
 一週間前のハナコの言葉が蘇る。
 「人様の誕生日だとしても、街がこんなに彩られるのはクリスマスのおかげでしょう?12月の街並みってきれいだと思わない?キラキラしていて楽しいじゃない?」
 ハナコは、たまに、ままごとみたいなことを言う。
 それにしても、こんなにきらびやかな町に住んでいれば、楽しくもなるよな。今ごろ、どこをほっつき歩いてるのか。ハナコの居場所が気になって、部屋まで来てしまったじゃないか。ハナコの部屋の片隅をぼうっと灯す小さなクリスマスツリー。微かな明かりがチカチカと点滅して、ほほ笑んでいるみたいだ。

<ハナコ 12/24 23:30>
 タロウの部屋に、人の気配はなくて、空気が冷たい。はん雑とした部屋のテーブルの上に置き去りの携帯電話。暗闇を照らす青白い月の光に誘われて、窓を開ける。すぐそこの空から、こぼれ落ちそうなくらい無数の星が輝いている。ふと、タロウの居場所に気づく。あわてて、自分の部屋に電話をかける。留守番電話が応答した後、静まり返った数秒に、タロウを感じる。

 「もしもーし、もしもーし」
 ハナコが何度も繰り返す。
 「はいはいはい、はい」
 ようやく、タロウが面倒臭そうに応じる。
 「そこにいたのね」
 「どこにいるんだよ?」
 ぶっきらぼうなタロウに、ハナコは真顔で答える。
 「ここにいるよ」
 ふいに、タロウが笑い出す。
 「そこにいたんだ」
 「うん。富士山もう寝たみたいで、見えないよ」
 ハナコの陽気な声に、しかし、タロウはまだ不服そうな口ぶりだ。
 「ベイブリッジはオールナイトみたいだな」
 二人を包む空気は、どことなく寂しくて、それでも、心地よい静けさだ。
 「はーあ、メリークリスマス」
 タロウが大の字に寝転がってそう叫んで、ハナコは首をかしげる。
 「何のため息?メリークリスマス」
 「かっこつかないな、のメリークリスマス」
 ハナコはちょっと考えて、言う。
 「いつまでもかっこつけてね、メリークリスマス」
 タロウがおもむろに気張って、ささやく。
 「・・・風邪ひくなよ」
 ハナコがブブッと小さく吹き出した。
 「ありがとう、メリークリスマス」
 「ちくしょー、メリークリスマス」



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