2001年(平成13年)5月1日号

No.142

銀座一丁目新聞

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追悼録(57)

 降旗 康男監督の映画「ホタル」を見た(4月27日、日本記者クラブ)。5月26日から全国東映系で公開される。この題名は大東亜戦争の時、鹿児島・知覧の基地で、特攻隊員が「特攻のおばさん」と敬愛された鳥浜 とめさん(映画では山本 富子役を奈良岡 朋子が演ずる)に残した言葉にもとづく。
 「敵の船を沈めて帰ってきます。ホタルになって戻ってきます。その時には、邪険に追っ払らわないでください」
 「ホタルになって・・・」とは悲しい。戦いに殉じた若者たちの短い一生を見事に言い表わしている。
 戦争の末期、昭和20年3月下旬から6月中旬まで知覧は「沖縄特攻」のための陸軍特攻基地であった。沖縄まで650キロ、敵機動部隊、輸送船団に向かって、知覧とその周辺の基地から1700機の特攻機が飛び立った。知覧の特攻平和会館に祀られている特攻戦没者は1026柱を数える。
 主役の山岡秀治(高倉 健)は特攻の生き残り、妻、知子(田中 裕子)は山岡の上司であり、特攻で戦死した金山文隆少尉の婚約者であった。金山少尉は沖縄に飛び立つ前、山岡らに「俺は天皇陛下のために死ぬのではない。朝鮮民族の誇りのために死ぬ。故郷にいる家族のために死ぬのだ」と言い残していた。
 平和会館に祀られている1026柱のうち朝鮮出身者は11柱である。その一人に高山 昇中尉(陸士56期。崔貞根。昭和20年4月2日戦死)がいる。恐らくこの映画のモデルになったと思われるが、高山中尉も同じようなこと言っている。航空士官学校を卒業直前(昭和18年5月)、同期生に「俺は天皇陛下のために死ぬというようなことはできない」と心の中を漏らしている(宮野 澄著「血壁」ある時代の青春・陸軍士官学校56期生より)。
 映画のクライマックスは山岡と知子が金山少尉の遺品、お面飾りのついた財布をもって、韓国の村へ遺族を訪ねるシーンである。はじめは心を閉ざしていた遺族も少尉がどんな気持ちで死んでいったのかはじめて知り、形見を受け取って、打ち解ける。
 日韓併合、戦争、敗戦を経て50余年、新世紀を迎えても、日韓両国の間は必ずしもしっくりしていない。お互いに黙っていては友好親善の道は開けない。多少のぎくしゃくはあっても行動を起こさねばならない。
 時代に翻弄されながら、ひたむきに生きてきた山岡夫妻は昭和が終わり、平成の世が始まったある日、戦友、藤枝(井川 比佐志)の殉死的死を知り、愕然とする。日本人同士でもその心の傷跡を知るのは容易なことではない。まして民族の間はなおさらである。
 富嶽隊員、柴田 禎夫少尉(陸士57期・昭和19年11月、フイリピンで戦死)が辞世として残した幕末の志士の歌が心に突き刺さる。
 「君が世のやすらかなせば鄙に住み身は花守りとなりはむものを」(飯尾 憲士著「開門岳」より)
 何時の時代でも戦争のないのにこしたことはない。国のためになくなった戦死者の犠牲の上に今日の平和があることを私たちは忘れてはなるまい。

(柳 路夫)

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