2004年(平成16年)12月1日号

No.271

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安全地帯(93)

信濃 太郎

三越事件は『女』を裁いた
 

  竹久みち著『罪名 女』(ごま書房・2004年5月10日発行)の表紙にもう一つの「三越事件」とあり、帯びには「なぜだ!?」の真実が20年の歳月を経て今日明らかになる!!とある。本書を読む限り偏見とウソの証言で固められた「三越事件」という側面を浮かび上がる。その偏見が著者が「女」ゆえに起こり、「愛人関係」を最大限に利用したと邪推され、
 裁判官までも判断を誤らせる不幸を招いたといえる。
 三越の社長、岡田茂の解任劇の首謀者は顧問弁護士の河村貢さんである。動機は不動産取引について契約寸前に岡田さんから止められた上、強く叱責された怨念からといわれる。そのいきさつは河村弁護士の著書「解任―三越顧問弁護士の証言」(講談社〉に詳しく書かれている。
 本書によると、10年間、岡田社長の追い落としの策略を練る。その情報をそのつど捜査当局に流した。このため竹久さんはしばしば税務調査や空港での税関の執拗な調べを受ける。岡田社長のあら探しをして多数の取締役を味方につけ役員会で突然社長を解任する段取りを着々と準備した。そのために岡田社長と男と女の関係であった竹久さんが利用された。男社会の日本では「男が愛する女のために尽すものだ」とみるのが常識である。裁判官とて例外ではない。
 岡田社長と竹久さんが問われたのは「特別背任罪」。二人が共謀して竹久さんの会社から三越へ納入した代金の四年間の粗利約16億円を三越に損害を与えたというもの。竹久さんは一審で反論する。「岡田さんと私が二人でやったようにされているが、主任や課長、部長、そして役員と何十人という関係者が話し合い仕入れ計画、販売計画を作りあくまで合法的にしごとをしてきた。取り過ぎだと検察側が主張する私の利益もそれは粗利であり、それもぎりぎりの原価から計算したものだ」。仕入れにしても、販売にしても決済はすべて各部で行われている。社長個人がができるはずがない。それを「社長の個人犯罪」とするため公判廷で役員、社員が保身のため岡田社長にそれぞれ不利な証言をする。
 一審の判決は岡田社長、懲役三年六ヶ月、竹久さん懲役三年、罰金七千万円であった(1987年6月29日)。竹久さんは判決を「女」としての裁きであったと観ずる。岡田さんは解任劇の際にも「なぜだ」と叫んだがこのときも同じであった「また『なぜだ!』なんだ。三越のために一生懸命に働いて、十年間で888億円の利益を上げたんだ。三越の万骨が功成って、一将が枯れたわけだ」。岡田さんは控訴中に倒れ、1995年この世を去る。竹久さんの最高裁の判決は「罪状 商法の特別背任・所得税法違反」「量刑 懲役二年六ヵ月及び罰金六千万円」(1997年10月28日封書で通知)であった。この間、竹久さんは栃木刑務所に1年6ケ月服役する。三越事件は裁判の上では確定したが、それが必ずしも真実であるとはいえない。人間の怨念と女が絡まると『罪名 女』が生まれる恐ろしい事実を私たちの前にさらけ出した。

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