2015年(平成27年)2月20日号

No.636

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追悼録(552)

中條高徳さんを偲ぶ

 同台経済懇話会副代表・中條高徳さんを偲ぶ会が開かれた(2月10日・場所・東京・市ヶ谷・アルカデア市ヶ谷)。中條さんが亡くなったのは昨年12月24日。享年87歳であった。まず代表幹事・小長啓一さんの偲ぶ言葉。その中でベストセラーとなった中條さんの著書「おじいちゃん戦争のことを教えて」(致知出版社・平成10年12月25日第1刷発行)に触れる。自分の生き方を率直に語り、アメリカとの戦争について「戦争以外に選択の余地がなかった」と堂々と書いていることに共感したと述べた。

 ついで中條さんと同じ陸士60期の弘中昭夫さんが追悼の言葉を述べる。弘中さんは手元に中條さんの著書がなかったので今朝、わざわざ出版社まで本を買い求め改めて読み直してこの会場に来た。昨年10月20日椿山荘で開いた最後の60期の全国大会に中條さんは車いすに乗って現れた。「最後だと思ってきた」と言っていたがそれが別れとなってしまったという。最後に参加者で「陸軍士官学校校歌」と「遠別離」を合唱して中條さんを偲んだ。

 中條さんの著書の中で私が感銘したのは孫娘景子さんの先生ミセス・ウッドさんの手紙である。「景子は1時限の授業時間すべてを使い、第2次大戦と日米関係についての、おじいさまの啓発的な、そして感動的なお便りを読み上げ私たち聞き手を魅了したのです」。おじいさまがいう「大切なことは、異なる意見を交換し議論して、お互いの理解を深めてゆくことだ」に心から賛同するとあった。

 中條さんについて感心するのはいつも引出しに興味ある話を持って当意即妙に話をされることだ。ある時、陸士41期の後藤四郎さんの会でいきなり挨拶を頼まれ次のような話をした。大正11年11月日本を訪問されたアイシュタイン博士のエピソードである。知る人ぞ知る。博士が日本を讃えた言葉である。「世界の未来は進むだけ進み、その間に幾度か争いは繰り返されて、最後の戦いに疲れる時が来る。そのとき人類は真の平和を求めて、世界の盟主をあげねばならない。この世界の盟主なるものは、武力や金力でなく、あらゆる国の歴史を抜き越えた、もっとも古く、もっとも尊い家柄でなくてはならぬ」という話である。中条さんは読書家であった。心からご冥福をお祈りする。


(柳 路夫)