2014年(平成26年)9月1日号

No.619

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花ある風景(534)

 

並木 徹

 

こまつ座の「兄おとうと」を見る 

 井上ひさし原作.鵜山仁演出・こまつ座の「兄おとうと」を見る(8月20日・東京・新宿・紀伊国屋サザンシアーター)。このお芝居を見るのは三度目。その都度、新しい感概に浸る。今回は劇中歌に心が響く。ドヴォルザークの「ユモレスク」の調べが聞こえる。国際的なヴァイリニスト・黒沼ゆり子さんの演奏会でよく聞いた曲である。弾むような舞踊調。お馴染みの朴勝哲さんのピアノの響きが心地よい。これがなんと「へそくりソング」。「へそくりはすばらしい 女の才覚 へそくりは家庭の光 家族のみんなの神様」(作詞・井上ひさし)。

 吉野作造(辻萬長)と信次(大鷹明良)を取り上げたこの芝居の見どこの歌が二つある。ひとつは「なぜ」(「水玉たまれ」・作曲宇野誠一郎)。世の中の矛盾に疑問を持てと説く。庶民は『なぜ』を忘れてはいけないとも強調する。「疑問 疑問 疑問 疑問 疑問がわいたら 止まれ止まれ 急がずに止まれ 人間にとって 一個の疑問符は 世界の重さと同じ 何より大事 止まれ止まれ あわてずに止まれ 止まれ 止まれ 止まれ 止まれ 止まれ 止まれ」

 豪雨ごとに土砂災害が繰り返されるのは「なぜか」・・・。

 もう一つが「逢いたかった」(「会いたかったぜ」・作曲宇野誠一郎)。東京下町で町工場を経営する男と大連連鎖街でキャバレーを営む女性が作造と信次が大声を上げて喧嘩するのでそれぞれ怒鳴り込む。兄弟の女房達(作造の妻・玉乃・剣幸・信次の妻・君代・高橋紀恵)が仲直りさせようとの計らいで折角来た温泉場である。そこで何年振りかで消息不明の兄妹が再会を果たし抱き合って喜びあう。このお芝居で5役を演ずる小嶋尚樹と宮本裕子はまことに芸達者。井上ひさしが心憎いのは庶民たちに珠玉のような言葉を言わせることだ。さらに兄と弟・その妻たち・それを支えるわき役2人。それぞれに対称の妙を見事に演じよく調和する。その演技が私の心をしっかと掴む。「夢じゃないよ 夢じゃないよ なつかしいわたしの いもうと(お兄さん) 三度のごはん きちんとたべて 火の用心 元気で 生きよう きっとね」。“三度のごはん きちんとたべて 火の用心 元気で 生きよう”庶民の心情をこれほど見事に表現した言葉を知らない。ここに庶民の願いが込められている。これを守るのが憲法であり国民の代表が集まる議会である。

 とりわけ「火の用心」の中には防災だけでなく国防も含まれていると思う。平和は口だけ叫けんでいては国を守れない。だが「国が悪いことをすればそれは必ず国民に返ってくることを忘れるな」という井上ひさしの遺言は心に銘じておこう。