2014年(平成26年)6月20日号

No.612

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安全地帯(432)

湘南 次郎


温泉に「生」と「死」を見る


 過日、東北地方の北部をドライブしたことがあった。ご承知のように日本は温泉が各所にあり、温泉好きで坐骨神経痛が持病の小生には、たまらない。入浴道具を必ず車に積んで置き、日帰り入浴の本まで買ってきて道中の研究を怠らず、出来るだけ利用することとしている。もちろんなるべく宿泊も温泉宿、ただし、ヒザが痛いのでベッドにきめている。もっとも効用は5分、あとは効用信仰が5分だと思っているが。ここで、「生」と「死」の温泉をご紹介しよう。

 先ずは「生」の方の温泉は、秋田県仙北郡の玉川温泉だ。八幡平(はちちまんたい)温泉郷に属した酸性・含二酸化炭素・鉄・アルミニュム・塩化物泉で放射能を有するラジュウムという複合の温泉である。秋田新幹線田沢湖駅からバスや秋田自動車道田沢八幡平ICから2時間ぐらい山間部を北上する山深い湯治場だ。直径1Kmぐらいのすり鉢状の盆地で山肌は各所に噴気孔があり、蒸気の噴煙があがる。噴煙のため樹木は生えず裸で岩と火山礫や砂である。硫黄のにおいがただよい、古く大きい木造の一軒家の温泉宿から一望できる。ちょうど箱根の大湧谷か北海道川湯の硫黄山を反対にすり鉢にしたようなものだ。マスコミにも騒がれ、癌に効くラジュムを含む特別天然記念物の北投石のあるところ、むかしの湯治場そのものだが、治療に来ている人たちを見てビックリした。多くの湯治の人々(もちろん癌に侵された方々が多い)が、むしろやカーペットを持って山の斜面の噴気で地面が温まっているところをめざし黙々と登って行く。お目当ての地面の温かい平らなところを探し、それを敷いて横になる。毛布を掛けたり、簡易のテントを張ったりする。つまりラジュウムの岩盤浴の元祖だ。中央には簡単な小屋掛けもあるが満員なので外に適当な地面をさがさざるを得ない。お見かけするところ一目で癌に侵され医者から見放された方も少なくない様子だ。本当にお気の毒だ。生への執着は当然、何とかして治したい一心でこんな山奥の地べたに横になりに来るお気持ちは察するに余りある。中央に3畳ほどの白濁の露天風呂があり、ためしに入ってみる。なめるとレモンの味がした。一昨年の豪雪では、あのすり鉢の上部から雪崩が発生、3名の犠牲者が出たとのこと、ご冥福をお祈りし、湯治の方々のご快癒を心からお祈りする。

 続いて車は下北半島へ。まさかり型の半島の中央に「死」の世界があった。その名も「恐山」(おそれざん)温泉。日本北限の猿のいるところやむつ市、奇岩の仏ヶ浦、まぐろの大間も近い。有名な水上 勉の連絡船洞爺丸事故を題材にした作品「飢餓海峡」もこの辺が最初の舞台となっている。むつ市から40分ほど、ヒバの多い深い山を抜けると外輪山に囲まれ、そこは死の光景がひろがる地獄と呼ばれる灰色の砂礫と処々の硫黄の噴気のある賽の河原だ。死者の霊魂の宿るところ、2回訪ねたことがあるが、2回とも小雨まじりの陰鬱な天候だった。波一つない温泉の湧く宇曽利湖(この浜辺はなんと極楽浜という)、2回目は地蔵菩薩をまつる釜臥山菩提寺の派手な改修が気になったが、その他の地域は遊歩道の整備以外、昔のままだった。ところどころ噴気が上り硫黄臭が漂いわずかな灌木を除き植物は生えていない。この辺は世界的にも最高の金鉱脈があるが、土壌に高濃度の砒素が含まれ、危険で掘れないのだそうだ。ともかく、人が住めるようなところではない。時期が違い小生は知らないが、この荒涼とした賽の河原こそ、寺の祭りに「イタコ」という目の不自由なおばさんたちが「ホトケオロシ」と言って呪文をとなえ、死者の亡霊を呼び寄せお話しをしてくれるという。

 ここへお参りし、地蔵を信仰しながら死者の供養をするという死者の住んでいる霊山にふさわしい幽玄の地だ。ちょうど暗雲垂れこめ、あの世を思い起こすには十分の雰囲気で、参拝者も2〜3組、白昼でも鬼気せまるようだ。寺内には古い4つの木造建物の温泉があり誰も入っていないで、好奇心旺盛の小生が入って見る。木製4畳ほどの浴槽と更衣の土間があるだけ、白濁の硫黄臭の強い源泉かけ流し、やや熱めの温泉であった。とにかくあまり居心地のいいところではなく、合掌して、一路、まぐろの大間の温泉を目指し退散した。

点在する個人の岩盤浴テント 玉川温泉 露天風呂遠くは共同岩盤浴仮小屋
浴場 恐山温泉 宇曽利湖極楽浜

 (筆者撮影)



『三途川 これが思案の 渡し船』