2014年(平成26年)6月20日号

No.612

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花ある風景(527)

 

並木 徹

 

高尾義彦君の句集「無償の愛をつぶやく」
 

 毎日新聞社会部で一緒に仕事をした高尾義彦君(現・日本新聞インキ社長)が句集「無償の愛をつぶやく」を出版した。本の題名は「無償の愛と ビールの泡に つぶやいて」からとられた。彼の註釈「一番気に入っている自分の句です。震災、津波、原発不安のいま、この句が別の意味を持っているような感じに。ボランティアの志を思いつつ」。
この句は「銀座俳句道場」第4回の時、選者・寺井谷子さんが「天」に選んだ作品。句を見て作者の人柄を見抜く寺井さんは高尾君を「粋でドラマある句が好きですね」と評する。

 「津波石 カタクリが咲く 同じ地に」
 「鎮魂の 満月の海 いま静か」
 「田野畑に 春一番の 汽車走る」

 彼の奥さんの実家は岩手県田野畑村で本家旅館を営む旧家。義父は阪神淡路大震災の惨状を見て高台に建つ本家旅館の海側に城壁のような石垣をめぐらせた。3.11東日本大震災ではこの城壁が役に立った。石垣が本家旅館を守った。高尾君は「銀座俳句道場」が閉鎖になっても友人たちと俳句をたしなみ、蓮歌と遊び、精進を重ねている。俳号を『河彦』という。

 この句集で私の心を最もとらえたのは
 「豊なり 実りの秋に 友ありて」である。
 彼の註釈「今の自分が豊かな気持でいられるのは、67年間の人生に出逢ってきた一人一人に支えられているから、としみじみ思う」。67年を88年にすれば私も全く同じ感慨である。病気をしてことさらそう思う。

 次の句は彼にとって忘れがたいであろう。
 「蝉が鳴く 高官逮捕 はるかなり」
 注釈「1976年7月27日田中角栄元首相がロッキード事件で逮捕された。東京地検の玄関前で車から降りた元首相を見た。高官逮捕を『蝉の鳴く頃』と予言した検察首脳。司法記者として30歳になったばかりで出会った事件。当時感じた明るい民主主義は、どこへ」

 この朝、7月27日、毎日新聞の一面トップの記事を書いたのは若き日の高尾記者。さらに夕刊に掲載された「地検に入る田中元首相」の顔写真を撮ったのも高尾君であった。それ故に2013年6月23日(満月)81歳で亡くなった元検事総長・吉永祐介さん(当時主任検事)には思いひとしお。毎日新聞に吉永さんの座右の銘「行くに径(こみち)に由らず」を紹介しながら追悼の『評伝』を署名入りで書く。吉永さんを偲ぶ名文であった。
 「訃報また スーパームーンに 検事逝く」

 最後にこんな句もあるのを紹介する。
 「ゆらゆらと 羅(うすもの)の下 胸豊か」

 納められた作品は725句。味わい深い句集である。