花ある風景(521)
並木 徹
刻のうつろいの悲しき
友人下川敬一郎君(福岡在住)の絵を東京六本木の国立新美術館に見る(4月2日)。昭和16年第一回を開いた「創元展」は73回を迎える。会場は25室。作品の数は817点。文部科学大臣賞は佐久間陽子の「鮭のある一隅」。ランプと花の活けてある花瓶とともに鮭が画かれる。鮭が置かれているのが抜群。損保ジャパン美術財団賞は松田和子の「家族の肖像・宇宙」。夫婦に子供が三人。幼子は母親に抱かれている。その周りを古代の動物・女性群像で取り囲み幻想的に描く。受賞者がともに女性というのはこれから女性の時代になるという象徴であろうか。
下川君の絵は17室にあった。今年もまた『刻の移ろい(E)』で軍艦島を扱ったものである。これで4年連続構図が違うが軍艦島を扱っている。それだけ思入れがあるのであろう。
「軍艦島 刻ゆっくり 流れけり」
この島は昔、石炭産業で栄えたがエネルギー革命で衰退、廃墟となる。その興亡が下川君の心に焼き付いて離れないのであろう。
今年の構図は廃墟の煉瓦壁が大きく描かれている。栄枯盛衰、歴史の流れとはいえその無情を鋭く描く人は心あるものである。
「秋の島 悲しき程に 音ただず」
途中で濱武慶典「石仏」坂井貞雄「臼杵石仏」が目に留まった。昨今信心深くなったのか地蔵さんにひかれる。
「春麗ら地蔵菩薩を拝みけり」
「ひまがあれば絵の展覧会に行け」と教えてくれたのは毎日新聞の先輩であった。良い絵を見ると何か良いエネルギーが私の体に入ってくる。「安心立命」の時もあれば「勉学精励」の思いに駆られる時もある。私の場合は文章鍛錬の役に立つようである。
美しいものは絵も文章も同じだということであろう。
「鮭ならば高橋由一春深し」