2014年(平成26年)3月20日号

No.604

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花ある風景(519)

 

並木 徹

 

平淑恵のひとり芝居「化粧」を見る
 


 井上ひさし原作・こまつ座の平淑恵のひとり芝居「化粧」を見る(3月7日・新宿・紀伊国屋ホール)。この芝居を2011年1月10日にも見ている。これまで28年間に600回を超える上演をこなしてきた渡辺美佐子さんに代わって初めて平淑恵が演じた舞台であった。この時、女座長五月洋子役を演ずる平淑恵に圧倒される思いをしたのを覚えている。今回は平淑恵がさらに大きくみえた。女の悲しさ、哀れさをよく表現されていたと感じた。

 このお芝居、実にややこしい。間もなく壊されるさびしい芝居小屋。時・7月の午後6時ごろ。大衆演劇の女座長が楽屋の鏡の前でもろ肌脱いで舞台化粧するところからはじまる。虚と実が混ざり、幻と現つが交差し、狂気と正氣が行きかう。まず出し物は母もの芝居「伊三郎別れの旅」。伊三郎は瞼の母を尋ねるやくざ者。座長もかっては子度を捨てた過去を持つ。「親のない子はどこ見りゃわかる。指をくわえて門に立つ。仲間外れの日暮れ時、指加えてべそかいて、門口にしゃがんで眺める遊びの輪」。その歌や悲しい。「世の中に思いはあれど子を思う思いにまさる思いなきかな」という。母親の子を思う愛は今や芝居の世界にしか残っていないようである。親の子への虐待は後を絶たない。2013年度の全国の児童虐待は2万1603人に上る。統計を取り始めた2004年に比べると22倍も増えた。戦前、満州の国境守備隊のある中隊長が部下に関東軍司令官の訓示などを暗記させず「親の心子の心」だけを覚えさせたという話をはしなくも思い出した。
捨てた息子が今や人気スターとなって女座長の前に登場、涙の対面をする。だが、やがて形見のお守りが違うのに気が付く。化粧は顔に赤と青の化粧を塗る。狂女となる。お守りは入谷の鬼子母神と入谷の西の雑司ヶ谷の鬼子母神の違いであった。女にとって一時の至福の時であった。舞台では「伊三郎別れの旅」の続きを上演して観客を沸かせる。最後に伊三郎が「おっかさん!」と叫んで幕が下りる。女座長が発する言葉は5万語、よどみなく次から次に出てくる。表情も所作も様々に変わる。一時芝居の中に没頭した。女座長と同じ空気を吸ったような気になった。井上ひさし戯曲の凄さを今更のように思い知らされた。