奥志賀高原で夕日が沈む様子は一服の水墨画に光が反映し、とても幻想的であった。この景色が
見られただけで私はこの旅に満足した。
一度は訪れたいと思っていた秋山郷に同郷会津の仲間「ユーカリ会」の秋の旅に決定した。今まではTさんの車が8人乗りで、厚意に甘え、自分たち流の計画で実行をしていたが、今回は安全と計画の簡略を兼ねてTさんと相談してツアーで行こうと皆に呼びかけ6人で参加した。
10月19日晴れ 新宿三井ビルの地下のツアー受け付けは大勢の人で賑い、始めての私たちはただびっくりしてツアーコース「秘境の紅葉めぐりと信州りんご狩り 秋山郷・松川渓谷・奥志賀スーパー林道」が呼ばれるまでの雑踏の中にいた。時間10分前に行列を作り大型バスへ乗ったら既に上野からも乗っていて、ほぼ満席に近かった。8時半出発。行楽シーズンで渋滞を心配したがやはり渋滞にはまり、信州中野には13時着で昼食を取り、バスに戻り添乗員の説明で車は松川渓谷をさらに奥に進むと「名勝雷滝」駐車場には多くの車が停まっていた。雷滝入り口の標識から松川に向かって多くの観光客とすれ違いながら降りること約6分、もの凄い轟音がしだいに近くなり、水飛沫も掛かり道も濡れて、ダムの放水を見る感じ、岩を削った道が滝の後ろを通りそこを歩く感覚は慣れるまでは怖かった。思わず手を差し伸べたが遠い。滝壺が見える展望台まで降り残念ながら少し早い紅葉の間を流れる白い清流と、オゾンと轟音で雷滝を堪能した。別名を「裏見の滝」とも呼ばれている。そこからバスは戻り「八滝」の標識がある駐車場へ。八滝は道路沿いではなく、松川を隔てた対岸にあり、180m程の落差があるらしいが、遠くてちょっと迫力に欠けるが、展望台に上り、8段を数え山深い周囲の紅葉を愛でることが出来た。バスに戻り信州中野のリンゴ園に15時到着。サクランボ・ブドウ・イチゴ狩りは皆それぞれ体験済みだったが、リンゴ狩りは始めてだった。わいわい言いながら色づきの良い大きな実を狙い一個は食べて良いとのこと皆で3個を分けて味見をし、3個は持ち帰った。フジリンゴだったが蜜も入らず実も固く残念だった。いろんな種類のりんごを売り、お土産屋も併設されていた。バスに乗り一路志賀高原の宿へ、志賀高原といえばスキーのメッカ、多くの宿がシーズンオフで静まり返っていた。バスは奥志賀へ折からの夕日が素晴らしくバスを留め、撮影タイム。宿もシーズンオフの志賀グランドホテル、出迎えも無く直ぐ部屋へ、夕食もバイキング式で経費節減が見え、バス2台分の同じツアー客が100人程であった。夕食後の団欒を6人で集まり懐かしい昔話に花を咲かせ、笑いながら眠りに着いた。
10月20日朝からの大雨にうんざりしたが、グランドホテルの小型バスに乗換え、雑魚川沿いの紅葉の奥志賀スーパー林道を走る。運転手さんはこの道を知り尽くし途中案内をしながら走る。紅葉スポットにはバスから降り傘を差しながら、太陽に照らされた紅・黄・茶葉とは違い残念。野沢温泉との分岐点から20分程でいよいよ秋山郷へ、柱状節理岩肌に赤いアーチの前倉橋も雨の中であった。そこからまた奥へ蛇淵の滝の標識があり、駐車場から急坂の木造階段を降り15分展望台があり蛇淵の滝を見た。その昔、長野県栄村上野原の熊取り名人善吉さんが獲物を追ってこの滝までやって来た。そして、獲物(熊か、かもしか)を追って向こう岸に渡り、振り返ると今、丸木橋だと思って渡ってきたのは恐ろしいことになんと大蛇だった。善吉さんは、そのときの恐怖を子や孫に語り伝えこの滝に近寄らせなかったという伝説で名前がついた。苗場山の麓から流れる硫黄川が中津川に合流する場所にあり、名前の通り硫黄のため魚はいないと案内されていた。
戻るとその地方の特産品の木工家具の一枚板テーブルや椅子など展示販売の店があり、素晴らしかった。ただ、紅葉が終わるとすぐに雪国となってしまい、日本でも有数な豪雪地帯なので、今回の奥志賀からは冬季閉鎖される。(11月4日以降〜5月中・下旬)奥志賀から一緒だった雑魚川はここで合流し、中津川となり、更に津南付近で信濃川に合流する。切明温泉を眼下に見て津南地区を抜け湯沢で昼食。せっかくの新潟なので清酒八海山を頂き、コシヒカリ定食を奮発し美味しかった。
東洋のマッターホルンと言われている大源太山からの大源太川を日本発のアーチ式ダムでせき止めて造られた広大なダム湖の大源太湖。大源太キャニオンが最後の観光地。一周コースがあり、雨の中夢中で40分程歩き、薪窯のパン屋さんが開くレストランもあり、お土産にパンを求めた。これも美味しかった。ここの紅葉は11月初旬が盛りと聞く。バスに乗り込み一路東京へ、これで今回の旅は終わった。
ツアーは盛りだくさんで個々の印象が薄れてしまうのが欠点であり、それに魅せられる欲望で成り立つのかなと思ったが、私は自分で山をいれて紅葉の旅を企画してゆっくりと歩きたいなと思った。