2013年(平成25年)9月20日号

No.586

銀座一丁目新聞

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山と私

(103) 国分 リン

― 北アルプス最奥高天原・鷲羽岳 ―  

 「奥黒部のど真ん中にある神秘的な草原と温泉」とガイドブックに書かれ、それに惹かれたMさんとK先生に誘われ、私は20年前始めて山へ誘われ同時期にこのコースを歩き、山へ取りつかれた思い出の高天原。昨年7月に急逝したT氏が山の魅力を教えた先生で、何か因縁を感じた。

 8月10日晴れ 折立林道にはたくさんの車が駐車場満杯で道路片側に並んでいた。バスはその間をぬって終点登山口(1355m)まで入り、降りた。2年前薬師岳へ登った時、飲料水可の水がどんどん出ていたが、今年はその水は汚染されたため不可になり、この水をあてにきた登山客は自動販売機で調達していた。
朝食をとり準備を整え出発。同行のMさんは始めてのコース、いきなりの樹林帯の登り、彼女の鍛えられた細身は、すいすいとK先生のあとを平気で登る。その後を私の太身が息を切らし登る。これが今回のコース中、続くことになった。大木の根を何度もよじ登り高度を稼ぐ。五光岩ベンチ(2196m)に到着。先客10組位のパーティが休み、私たちも休憩。日射しが強く、水分補給を充分取り、呼吸を整えた。太郎平まで整備された尾根道に出た時はほっとしたが、ここからの距離が長く感じたのは始めて、前回は調子良く太郎平小屋に着き、予定通りの薬師山荘まで登った記憶を思い出した。途中何度も休憩し、最後は赤い屋根が見え、木道に座りイワウチハの群落を観ながら長い休憩。「先生、今日は太郎平小屋へ泊りたい。先へ行くのは無理。」私の体力不足で、14時太郎平小屋宿泊。今回4回目、混雑を覚悟していたが、布団2枚に3人、余裕で良く休めた。

 8月11日晴れ 今日は高天原へのロングコース、6時出発。でも薬師沢小屋までの道は楽しくカベッケヶ原の草原はお花畑の連続、すれ違う人も無く静かで遅れることなく歩けた。黒部川の音が聞こえ、急坂を降りたら、大勢の人が休憩をしている薬師沢小屋へ到着。20年前と違い小屋も新しくなり、鉄骨でテラスが作られ、ベンチとテーブルが置かれた休憩所もあった。水分補給とバナナを頬張り、薬師沢シンボルの赤いつり橋を渡り、雲の平への分岐からいよいよ大東新道へ入った。レアメタルMoの大東鉱山への道、黒部川のあくまでも透きとおった流れに沿った石ゴロの川岸をコースタイム60分のところ私のリズム悪い歩きで110分もかかり、やっとB沢出合に着き、鎖と梯子を慎重に渡り、C沢出合、D・E沢出合で高天原峠標識を見つけホッと休憩した。E沢から草付の斜面を登り始めた時は、安心して楽に上れた。そこからひたすら高天原峠目指し、まだかまだかと二人の背を追うように夢中で歩き、15時先着5人のパーティが休憩している峠到着。もうここから60分と自分に言い聞かせ、花畑広がる木道へ出た時は嬉しかったが、岩苔乗越分岐の標識からさらに10分木道の先に小屋を見つけた時は本当に着いたなと独り言。10時間工程で16時到着。高天原山荘2285mは昨年新しく建て替えられ、ここでも布団2枚に3人で休める。日本屈指の秘湯を目指す。看板に温泉まで1キロ下り20分、荷物が無いと楽々でさっきの疲れも無く、河原へ到着。温泉だけは20年前と同じ。河原の橋の手前奥に男性露天風呂、橋を渡るとトタンで仕切られ、すだれで2重入口「からまつ美人の湯」の女性用とその奥に男性用もあった。靴の数で中へ入った。4人湯船に浸かっていた。汗びっしょりのシャツを脱ぎ、汗を流し、白濁した硫黄泉の深い湯船に浸かった。「ウワー、気持ちいい!」思わず声が出て、Mさんと20分ほどゆっくり浸った。「疲れがとれるね。」小屋への戻りは、上り30分でも短く感じた。

 8月12日晴れ 高天原山荘テラス前、水晶岳が朝日に輝き、雲の平も見え感激した。今日は鷲羽岳から三俣山荘までの5時間ショートコースなので、ゆっくり写真を撮りながら登るねと宣言した。岩苔乗越の分岐、薬師沢から離れワリモ岳を目指し樹林帯を登る。「水晶池を観に行く。」とザックを持たず水とカメラを持った60歳位の女性が一人ですいすいと登っていった。もう一人重そうなザックを背負った65歳位の女性はふうふういいながら私たちの後を登ってきた。「水晶池へ10分」の標識があり、ザックを置き、皆で降りて水晶池へ到着。ひっそりと湖面に波もたたず山影を映し、幻想的だった。「私は余りに素敵でここに30分も居るのよ。写真をたくさん撮ったわ。」最初に合った女性だった。彼女に撮影してもらった写真はとても良く写っていた。湖面に光が当たりだしたらいきなり虫がワーッと動き出し風情も無く、標識の所へ戻った。重い荷物の彼女がザックを置き、水晶池へ下りて行った。そこからの長いだらだら登りは誰にも会わず、登山道の両脇に次々とクルマユリやウサギキク、ハクサンフウロの群落が広がり、花園の中にいるようだ。K先生とMさんが休憩、そこへやっと「遅くなりました。」到着。「もう少し登るとワリモ北分岐稜線にでるよ、登っている人が見えるね」元気が出て登り、この稜線の大勢の人に驚いた。1歩ずつ登り、ワリモ岳頂上2888mに到着。ここから水晶岳へ往復2時間の標識に「二人は余裕なので水晶岳2986m登ってきて、私はここを動かないで待っているから。」「今回は止めるよ。」周囲を見渡すと黒部五郎のカールも水晶岳も野口五郎岳も見られ景色が見事だ。振り返ると今登ってきた道がみえ、前を見ると鷲羽岳の大きな姿と登山道が見えた。この日のメイン鷲羽岳への稜線歩きは気分が良く、自分のペースで、鷲羽岳2924m到着。広い頂上に大勢の登山客が休んでいた。頂上からは槍ヶ岳が鷲羽池の上にドーンと見え、撮影スポットだ。思い出した。20年前登った時の写真をT氏から頂いてある。もう三俣山荘は下りなので、ゆっくり山頂でのんびりしていた。そこへ10才位の男の子が父親と会話するのが聞こえた。「双六小屋から2時間で来たね。普通は4時間、これから水晶登って野口五郎小屋へは普通どの位?」ええつ、びっくりして声も出なかった。2日の工程を1日で歩いてしまうのだ。父親がしっかり子供の様子を観ているのを感じた。水分補給をして5分程で出発していった。


 鷲羽岳を下山開始、眼下に赤い屋根の三俣山荘と色とりどりの天場も見えた。上から見た登山道を降りる、14時三俣山荘2550m到着。20年前と違い奥に新しい棟が出来、収容人数も多くなり、奥の棟の一角で、良く休めた。トイレも改装されていた。外のテーブルでビールの乾杯をと、福岡から車で折立へ来た若い山ガール3人組と一緒になり、楽しく山談議をした。実は薬師沢へ向かう途中、キヌガサソウの大きな群落の名前を教えたグループで、雲の平から三俣山荘の天場へきて、偶然に一緒になった。私たちは明日下山なので、胡瓜やチーズを分け、記念撮影の写真も福岡へ送付した。こういう出会いも楽しい。

 8月13日晴れ 今日は最終日で新穂高温泉までの10時間ロングコース。6時出発で大勢の登山者と槍を左側のお供に、三俣蓮華岳登り口と双六巻道の分岐で休憩。二人はザックを置き、「蓮華岳始めてなので登ってくるね」と、私はカメラの望遠で二人を追いかけて楽しんだ。三俣とは岐阜、富山、長野の県境のため、名付けられた。20分程で戻り、巻道コースで双六小屋へ。この巻道コースもなかなかで、アップダウンがあり、長く感じた。でも双六岳からの合流点は大勢の登山者が休憩していた。そこからは小屋の赤い屋根と天場が見えたが、ここからの急な下りも気を許せない石ゴロの坂であった。双六小屋で昼食のラーメンを食べ、リンゴとグレープジュースを買い出発。コバイケイソウのお花畑やチングルマの群落を見ながら弓折岳と笠ヶ岳への分岐ベンチに到着。若い10人ほどのグループと4人が休憩をしていた。アオノツガザクラの群落を見つけ写真を一枚。太陽が照りつけ高度が下がるたびに暑くなる。ここから鏡平への道も沢山登ってくる人を優先に道を空け、鏡平小屋へ到着。ここも大勢が休憩をしていた。名物かき氷を食べ水分補給して最後の下りへ、小屋から10分有名な穂高と槍の池に映る撮影スポットには大勢の人が居た。そこも寄らずにひたすら下る。ますます暑くなり、登ってくる人は大変そうだ。とにかく自分のペースで歩き、水場で休憩の二人に追いつき、そこで食べたりんごの美味しかったこと。あと少しの頑張りと自分に言い聞かせ岩ごろの沢の下りをひたすら歩き、最後の工事音が響く沢を渡り山道の終点到着。ホッとして、K先生、Mさんに「終わりました。ありがとう」と挨拶した。でもこの後の林道歩きがおまけできつかったが、予定時間の30分遅れで新穂高温泉17時半到着。今回の北アルプス高天原・鷲羽岳登山の旅は無事に終わった。
 20年ぶりの高天原温泉は、疲れた体をリフレッシュさせ、小屋もきれいになった。そこからワリモへの道は広がりのあるお花畑の連続でとても満足した。でも大東新道は岩ごろ歩きの嫌いな私は苦手だったが、K先生やMさんは黒部川の清流を楽しんでいたようだ。その夜宿泊先の御主人は、黒部川へ何度もイワナ釣りに行った話を聞かされた。来年の話になり、「赤牛岳」を目指そうとなり、トレーニングを積んで臨もうと思う。