2013年(平成25年)4月10日号

No.570

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花ある風景(488)

 

並木 徹

 

演劇人の「本音」について
 

 友人の木村隆君が「演劇人の本音」(早川書房)を出した。なかなか含蓄のある本である。木村君は日本の演劇記者では一番お芝居を見ていると私は思っている。それだけに彼の劇評は面白い。本には24人が登場する。もともと一芸に秀でている人は何かすぐれたものを持っている。

 高倉健主演の映画「あなたへ」で大滝秀治が高倉健に頼まれて妻の遺骨を海へ散骨する漁船の船長役で出演している。散骨後、高倉がお礼を言うと大滝が「久しぶりできれいな海を見たよ」というセリフに高倉が目をくもらせるシーンがある。この映画を見た後、テレビで高倉が「リハーサルでは何も思わなかったのだが本番で大滝さんにあのように言われてジーンときた。大滝さんは凄い役者だ」といっていたのが記憶に残っている。大滝には日本人主席弁護人の役を務めた木下順二作「審判」(2006年)同じく「巨匠」の(2010年)代表作がある。「役っていうものは作るのではなくて、ほじくって出てきたものをつかむのだ」を信条とする。台本はいつも二冊買い体に抱いて肌につけておくという。表紙はボロボロになるそうだ。それだけ役に没頭するということであろう。昨年10月2日死去した。享年87歳であった。

 樫山文枝は「宇野さんにおそわったことは?」の質問に「台本の読み方ですね。行間を読む。自分の中でどれだけの裏らづけをもって読むかということを教えていただきました」と答える。「行間を読む」ことは難しい。大切なことである。問題意識と広い知識がないと見過ごしてしまう。こういうのはたぶん樫山文枝は母親の影響を受けているように見受けられる。歌人の母は「くさぐさの 思いは言わず朝顔が 五つ咲けりと告げしのみなり」「恋はなに 女とはなに 主婦とはと 今また歌を疑ひてをり」「妻失格 母も失格 花と遊ぶ 遊ぶこころは 疑はざりき」。すごい歌である。その感受性は鋭い。

 小幡欣治は商業演劇の東宝で一時代を築いた人である。菊田一夫死後、芸術座、東京宝図歌劇場、帝劇の東宝作品の立作者として辣腕をふるった。著者は6回もインタビューしたものをまとめている。さながら小幡の一代記でもあり、ミニ演劇史ともなっている。森繁久弥、辰巳柳太郎などはセリフを勝手に変えるという。小幡に「三つの戒め」がある。「ドラマを書こうとは思わない」「人間を描くこと」「人間描写に埋没しないこと」。事実は小説より奇なりというからあくまでも客観主義に忠実に努力されたのであろうか。名喜劇俳優古川ロッパが月刊「文芸春秋」のコラム「目・耳・口」の発案者だとは知らなかった。「声帯模写」もロッパの造語である。西園寺公望侯爵の別邸を舞台にした『坐漁荘の人びと』の資料は増田壮平著「坐漁荘秘録」(静岡新聞)と静岡県警察部編纂の「西園寺公爵警備沿革史」の稀覯本である。演劇を支えているのは意外にもこのような古本であるのは面白い事実である。2・26事件の時、西園寺は88歳。決起将校らによって別邸は二回事前に偵察されている。事件当日は計画が挫折し襲撃を免れた。小幡はこの時、平均上年齢を調べている。書く上で何か参考になるのであろう。昭和10年の統計では日本人の平均寿命は男44・6歳、女46・5歳(ちなみに現在男、79・44歳、女、85・90歳)であった。並木五瓶(歌舞伎作者)は台本には五つの条件があるといって、機転,気儘。上根(根気の良い事)、大胆、愛嬌をあげている。お芝居もこの五つの面からみると興味が倍加するであろう。17歳の時、東京大空襲に見舞われた小幡は2011年2月、82歳でこの世を去った。若いとき、土方、進駐軍宿舎のボーイ、皿洗い,羊羹のセールスマン、ブリキ職人の見習い、倉庫番などをする。そんな中で作品を書き「畸型児」(1956年)で岸田国士戯曲賞を受賞する。魅力ある人のようである。この人の人間の描き方を勉強しようと思った。