2012年(平成24年)11月1日号

No.554

銀座一丁目新聞

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花ある風景(472)

 

並木 徹

 

山本周五郎のお芝居「おたふく物語」をみる
 

 山本周五郎原作・橋本英治演出・脚色・前進座の「おたふく物語」を見る(10月16日東京吉祥寺・前進座劇場)。時代は江戸中期、場所・江戸下町。初めに賠償千恵子さんが歌う主題歌が流れる。「清く強く名前なく人は生きてゆく・・・・」。

 長唄を教えるおしず(今村文実)とその妹おたか(浜名実貴)の物語である。おしずが底抜けに明るく、おひとよしである。おしずが七つか八つの頃、小銭を以てお使いにでた。池之端で猿回しをやっていたので見ていると、十一二の男の子が「おいらがお使いに行ってやら、お前は此処で見ておれ」といっておしずから小銭を受け取ってどこかへ消えてしまった。だまされたとしらずおしずは日の暮れるまでそこに待っていた。「あの子は私を捜している」とその場所でたたずんでいたのを近所の人が連れて帰った。だまされたと思わないおしずは毎日池之端へ出かけて自分を探しているであろう少年を待ち続けた。ある日、また猿回しが来てその少年が近づいてきた。おしずはいった。「あんた道がわからなったんでしょ。あたし此処で待っていたのよ。」その子は呆然として取ったより多くの小銭をおしずに渡して去ったという。ぎすぎすした今の世、こんな少女は何処を探してもいない。昔の江戸にはこんな人情風景があった。舞台の今村おしずを美しいとも可憐とも思う。

 見せ場はおしずの亭主貞二郎が嫉妬にさいなまれ酒びたりになっているのを「それは誤解だ」と妹のおたかが泣いて訴ったえるシーン。おしずの箪笥から桐の小箱が5つ出てきた。帯止めが2つ、簪、女物の煙草入れ2つ、銀象眼の簪もあった。それはすべて自分の作ったものである。いずれも木綿問屋鶴村仁左衛門(嵐圭史)の注文であった。さらには男物の着物まで出てきた。貞二郎はお静が仁左衛門に囲われていたと即断する。仕事をせずに酒に走る。そこへおたかが訪ねてくる。貞二郎の誤解を解く。「そこのあるものはすべて姉が買ったものです。着物はあなたの背丈に合わせて自分で縫ったもの」と説明する。愛する人が彫ったものを身につけたいと願ってのこと、一つできるたびに姉さんが喜んだことか。着物も同じことと声をあげて泣くおたかである。自然と涙が出てきた。女心はまことにせつない。そのせつなさに涙が出る・・・山本周五郎が描く”無類の善女“の世界に心温まる思いがする。