2012年(平成24年)5月10日号

No.538

銀座一丁目新聞

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花ある風景(454)

 

並木 徹

 

 芸の力とテレビのドラマ
 

 日本のテレビドラマはあまり面白くない。有名タレントを出演させればよいと安易に考えている節がある。製作にお金を懸けていないのも一因である。このままいけばテレビドラマは韓国に負けてしまう。すでに負けている。私は日曜日欠かさず見るのが韓国ドラマ「トンイ」である。ともかく日本は芸達者な俳優を作る努力をする必要がある。

 劇団「新生ふるさときゃらばん」のPR誌「新生ふるきゃら」(2012・春)に演出家・石塚克彦さんが「体験的演技論」の中で高校生の時代に講演で聞いた大蔵流狂言の名手・三世山本東次郎の話を書いていた。これが面白い。要約すると、狂言役者は幅広い知性とたゆまぬ肉体訓練が必要であり、戦争中の空襲のさなかでも、戦後の食糧難の時でも勉強と厳しい訓練を怠ったことはない。だから狂言役者はどんな表現でもできるようになる。高校生の前でチャイコフスキーの「白鳥の湖」のレコードをかけ、踊って見せた。それが様になっていたという。まぎれもないバレエの「白鳥の湖」の世界であった。次は翁の能面を着けた。その面を使って哀しみと喜びの表情を表現した。哀しみは涙がとめどなく流れ出ているかに見えた。喜びは今にも手を振り、足をふみ踊り出しそうであった。面は彫りものだから変わるはずがないと不思議に思い,講演が終わって山本東次郎に質問すると「これが腹芸だ」と言ったそうだ。三世東次郎(明治31年―昭和39年)は「乱れて盛んになるよりも、むしろ堅く守って滅びよ」とその高い志を説き、武家式楽にふさわしい品格ある剛直な芸風を目指したといわれる。私は柳生新陰流の極意『眼、足.胆。力』を思い出した。毎朝、素振りをしていると、この4つが一つであるのがわかる。剣身一体である。心が剣に体に、にじみ出るのである。もちろん極意の域には達していない。そう思うだけである。狂言役者も同じであろう。芸の世界は奥深い。