安全地帯(339)
−信濃 太郎−
落語は現代を風刺する
久しぶりに落語を聞く。場所は東京・有楽町の朝日ホールで開かれた「朝日名人会」(10月15日)。三遊亭金兵衛(家見舞),桃月庵白酒(付き馬)、柳家さん喬、金原亭馬生(紙入れ)、柳亭市馬(富久)らが出演した。ホールは満員であった。私はさん喬の話が気に入った。
演題は「鴻池の犬」。捨て子の犬,シロ、クロ、ブチのうちクロが鴻池の坊ちゃんの亡くなった犬にそっくりと言うのでもらわれて優雅な生活を送る。人間の世界も万事が塞翁が馬である。ブチは大八車に轢かれてあの世へ。現代の車社会。飲酒運転は悲惨な事故が起きても後を絶たない。残されたシロが江戸から大阪のクロの元までたどり着き、兄弟仲良く助け合い、生きる犬の世界の苦心談を語る。人間の世界は醜い。親の残した遺産相続をめぐって骨肉の争いを繰り広げる。さん喬は犬の鳴き声、腹をすかした様子、御馳走を食べる時のしぐさを演じる。まことに絶妙、観客席から拍手が起きる。年とともにその芸が深くなるのを予感させる。
さん喬は得意とする演目は「片棒」「そば清」「百川」「井戸の茶碗」「棒鱈」「幾代餅」「天狗裁き」「柳田格之進」「芝浜」などと紹介されているが、この種滑稽噺にも力を発揮する得難い噺家である。落語家の芸を知る観客が多くなったのであろう。「朝日名人会」も113回も数える。次回はすでに完売であった。
文豪永井荷風が落語家を志したのは知る人ぞ知る。それは話芸の奥行きの深さを知ったからであろう。西行法師も落語のネタにする落語の世界である。この落語のサゲを『西行法師若き日の失恋を、ただはなし家が調べただけです」とやってのける。その才知は鋭い。「鴻池の犬」のサゲは今度も呼ばれたので御馳走が出てくるのかとシロが思っていたら、クロがおしっこをさしてもらったと言うのであった。高座で座布団を裏返ししながら江戸、明治、大正、昭和、平成と演じられてきた落語は戦後の平和の続く中で300年も平和であった江戸より以上に爛熟期を迎えたような気がしてならない。
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